小説 川崎サイト

 

奈喜良町


「奈喜良町へ行かれましたか」
「知りません」
「この先です」
 町の端まで来たので高橋は引き返そうとしていたのだが、そこに現れた男がいきなり奈喜良町と言いだした。
 ナギラ、いきなり聞くと、町名とは聞こえないが、ナギラチョウと、チョウが付いたので、町の名前だと高橋をすぐに分かったのだが、彼が散策者のためだろう。
 町の外れ、そこは清水町で、村の面影があり、昔は田んぼだったところ。すぐに岡が迫っており、町並みはそこで止められている。
 高橋は清水町にひなびた農家跡などがまだ残っていると聞き、来てみたのだ。藁葺き屋根は残っていないが、藁ではなくトタンを張っていた。人は住んでいないようで、家々に挟まれおり、よく見ないと、そんな平屋の農家があるとは分からないだろう。
 だが、高橋は一寸した隙間から、そういうものを発見するのが得意。ベテランの探索者なのだ。
 高橋の姿は散歩者と変わらないが、近所の人と違うのは一見して分かる。見かけない人のため、外から来た人で、目的がよく分からない振る舞いなので。
 だから、高橋は奈喜良町と聞いたとき、ピンときたのだ。しかし、そんな町名は、このあたりにはない。
 三つほどの町が連なっており、岡とぶつかるところで終わる。それが清水町。今、男に声をかけられたのは、清水町のどん詰まり。あとは岡だけ。
「この先にまだ町があるのですか」
「あります。それが奈喜良町」
 男は高橋の目的でも知っているのか、または同類なのかもしれない。
「ここの人ですか」
「そうです。清水の人間です。奈喜良の人間ではありませんが」
 意外だった。高橋と同じように、外から入り込んだ探索者だと思ったのだ。あの寺を回るのなら、近くにこの寺があるので、寄った方がよろしいですよ。とかと、似たような目的の人に言っているような感じ。
 当然高橋は地図を見てきている。清水町の先に町はないことを。ただ、岡を抜けてかなり遠いところに、町はあるが、そこはもう村、町規模ではない。
「この道を行くと、岡にぶつかりますが」
「そこを上り下りすればよろしい。雑木林が続いています。その中に奈喜良町があります」
「でも林の中に、町があるのですか」
「もうそこは雑木林の中じゃなく、広く、開けたところで、住宅地です」
「最近できたニュータウンですか」
 高橋が持っている地図が古いので、そんなものができているのかもしれない。
「いえ、この清水町よりもうんと古い町です。清水町は元々は村ですが、奈喜良町は、最初から町家が並んでいました」
 高橋は、男の表情をじっと見ている。あまり変化がない。静かな嘘つきに多いタイプ。
「分かりました。行ってみます。どうも有り難う」
 高橋は岡へ向かい、そして林の中の小道へと入っていった。
 そして小道から外れ、灌木の中に潜り込みながら、先ほど来た道が見えるところまで行く。
 すると、あの男がぽつんと立っているのが見える。
 しばらくすると、立ち去った。
 そして、すぐに戻ってきたが、三人か四人ほどに増えていた。
 そして、こちらへ来る。雑木林の小道際の繁みに高橋は隠れ直し、彼らが通過するのをじっと見ていた。
 
   了

 

  


2021年6月24日

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