小説 川崎サイト

 

怪我の功名


 勝軍が行列をなし、本拠地へ戻って行く。大勝利だ。野戦での決戦。しかし、無理攻めせず、そこで引き上げた。敵の軍は敗走し、また主力部隊を全滅させている。
 石田米乃丞は、それを見送っている。ついて行けないのだ。一緒に戻りたいのだが、怪我をしている。馬にも乗れないが、それ以前に馬は逃げている。馬周りの足軽は何処かへ行き、小者だけが残った。戦は大勝利だが、石田は敗者のようになっている。
 小者の勘助は年寄りで、他の小者は乱戦中に何処かへ行ったのもいる。
「荷車を用意しましょうか」
「そうだな。早く帰りたい」
 しかし、勘助は近くの村で荷車を探すが、一台も残っていない。敵の敗走兵が全部持って行ったらしい。
 それで、雨戸を担いで、勘助が戻ってきた。
 所謂戸板だが、これに石田を乗せ、担ごうとというもの。しかし、残っている小者はそれどころではなく、自分が乗せて貰いたいほど。
「年寄りと怪我人じゃ、無理です。達者なの四人でないと」
「雇う」
「はい、探してきます」
 石田は懐から、銭を取り出し、勘助に渡す。
 しばらくして、落ち武者狩りから戻って来た若い衆を四人雇い、石田を戸板で運んだ。
 勝ち戦なのだ。しかし、石田は手柄を立てていない。怪我をしただけ。怪我の功名と言うが、そんなものは立てていない。
 ただ、勝ちに乗じ、深追いしすぎた。それで大怪我。あと一歩で、大将首が取れたかもしれないので、残念な話。
 仲間の最後尾は、もう見えない。かなり離れてしまったが、そのあとを追った。
 周囲にはもう誰もいない。引き上げたあとなので、そんなものだろう。
 寂しい場所に差し掛かったとき、繁みから竹槍が伸びているのを勘助が発見する。しかし、見ただけで、何ともならない。竹槍は十本ほど。
 落ち武者と間違われたのだろう。
 石田は取り囲まれるが突いてこない。やはり怖いのだ。
 勘助は防戦するつもりだが、雇った四人は戸板を下ろし、逃げる気でいる。
「わしだ」
 逃げようとした一人が、落ち武者狩りに声をかける。
「そこの柴田村の安だよ」
「ああ、安さんか」
「わしらは落ち武者じゃない」
「そうか」
 そこに勘助が割り込み、あのう、と声をかける。勘助も怪我しているので、戸板を担ぐのがえらいらしい。それで、手伝ってくれないかと、頼む。
 石田は戸板の上で寝たままだが、懐からまた銭を出す。
 多い目に持って来てよかった。
 残りの落ち武者狩りにも銭を渡し、城下近くまでの護衛を頼んだ。
 その護衛と、戸板を担ぐため雇った者が交代で担ぐことになった。持ち手がないので、手が痛いらしい。
 彼ら落ち武者狩りは、村の困り者ばかり。石田は身分が引くそうなので、大した首にはならないので、銭を貰った方がよかったのだろう。
 そして城下に入り、さらに石田家の屋敷まで、送ってもらった。
 その後、彼らは石田家の郎党になったようだ。
 戦場で逃げた馬は、その後、泥だらけになって、戻ってきた。
 
   了

  


2021年6月26日

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