小説 川崎サイト

 

鬼ヶ原の鬼退治


「鬼ヶ原」
「はい」
「そのままだな。分かりやすい場所だ」
「鬼が出るとか」
「そういう場所ほど、出なかったりする」
「鬼ではなく、盗賊が出ます」
「寂しい場所なんだろうなあ」
「はい、街道沿いの近道なのですが、あまり旅人は通りません」
「その近道は何処に繋がっている」
「だから、本街道に出ます。本街道が曲がっているので、その近道なのです」
「なるほど」
「一寸した山がありまして、坂が多いので本街道は回り込んでいます」
「じゃ、鬼ヶ原とは、その山のことか」
「いえ、その裾野です。大して高い山じゃないのですが」
「盗賊はその山で人を襲った方がいいんじゃないか」
「そうですねえ」
「その原っぱは人が隠れやすいか」
「いえ、見晴らしはよいかと。木も少ないですが、荒れ地です」
「じゃ、盗賊ではないのかもしれん」
「そうでしょ。鬼ヶ原ですから、鬼が出るのです。その原っぱに」
「分かった。行ってみる」
「でも、鬼が出るのが分かっている場所ですから、その近道を行く人はいません。お気を付けて」
 荒武者はここで鬼退治をし、名を馳せたい。仕官のためだ。山賊にとり、山道よりも、その原っぱの方が都合のいい条件が揃っているのかもしれない。何でもいいから、そいつを退治すれば、鬼退治したことになる。
 場所がいい。鬼ヶ原。小石がだらけの荒れ地。
 街道からの分かれ道というより、細い道が出ている。これが近道で鬼ヶ原を通る鬼道だ。そこに入り込むと、番所がある。粗末な小屋だ。
 荒武者は、その戸板を開けるが、無人。
 以前は、人を入れないように、番所を設けていたようだが、もう廃止したのだろうか。長い間、人が使っている形跡がなく、中は埃っぽいし、雑草が頭を出している。蔓草だろうか。そして虫が結構いる。番所ではなく、虫の巣になっている。
 荒武者は番所をちらっと覗いただけで、すぐに鬼ヶ原へと向かった。
 荒れ地は番屋を出たところから既に始まっている。何ともならない土地なので、そのまま放置されているのだろう。田畑には適さないが、それ以前に村が遠すぎる。
 豪傑の鬼退治。ごくありふれた話で、分かりやすい。
 本街道の松並木が見えていたのだが、山を回り込むため、少し離れたようで、さらに進むと、街道は消え、近道だけが真っ直ぐに伸びている。山に突っ込む感じだが、そちらは木々が生い茂っている。こちらの方が山賊には都合がいいはず。
 原っぱは見晴らしは悪くない。待ち伏せしたり、奇襲するのに都合のいい場所があるのかと思ったが、そんな場所はない。道から逸れれば別だが。
 こんなところで人を襲う山賊を見てみたいとは思うものの、山賊にも都合があるだろう。それに最近、この近道は閉鎖されていた。番所に人はいないが、もう誰も入り込まなくなったためだろう。噂が広まっているのだ。いくら近道でも、通ってはいけないと。
 前方に人影が見える。杖のようなものが地面から伸びている。棒術使いかもしれない。
 荒武者はさらに進むと、その棍棒は結構太く、イボイボが無数に出ている。その形から金棒。そして、それを持っている人影。鬼の面を被っており、上半身裸。
 鬼に化けた山賊だろうが、人が来るまで、じっと待機していたのだろうか。そうでないと、すぐには現れないはず。
 荒武者は、太刀を抜き、どっと鬼に突っ込んだ。
 荒武者の刀は折れた。
 そして金棒が、荒武者の足をかすった。
「おっと」
 といいながら、荒武者は後ずさり、そのまま、逃げ去った。近くで鬼の顔を見たのだが、面ではなかったのだ。
 鬼ヶ原の鬼。そのまんまが出た。
 
   了


2021年6月30日

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