小説 川崎サイト

 

微糖


「微糖」
「尾藤を呼びますか」
「甘さを控えるので、微糖でいい」
「そうですねえ。甘党の先生にしては、それは我慢ですか」
「いや、本当に我慢するなら、甘いものはとらない」
「そうですね」
「微糖のコーヒーがいい」
「売ってますが、それなら無糖でもいいのでは」
「少し、甘さがなければ、飲めん。それは許されるだろう。それに微糖なので、標準的な微糖。少し甘い程度。これがいい」
「尾藤はどうします。ついでなので、呼びますか。きっとお役に立つと思いますが」
「尾藤。何者だった」
「役立つ人間です。一度紹介しましたが」
「今、その時期なのか」
「そうです。騒然としています。先生の出番です。こういうときを思って、尾藤と接触したのです」
「そう思うのなら、呼びなさい」
「はい」
「その前に微糖のコーヒーを頼む」
「作らせますが」
「いや、売っているのがいい」
「はい、買いに行かせます」
「そのようにしてくれ」
 
 尾藤がやってきた。
「ただいま紹介にあずかりました尾藤です。挨拶は二度目ですが」
「ああ、覚えていなかったのでな」
「はい、私のような人間など、面識がないほうがよろしいのです」
「そうか、まあ、コーヒーでもどうだ」
「そうですか」
 秘書が熱いコーヒーを運んできた。自販機のものだが、ちゃんとコーヒー茶碗に入れて。
 その茶碗。それなりに高い焼き物。
 尾藤は茶色いコーヒーを見ている。
「砂糖も生クリームも全て入れておる」
「あ、それで、このような色なのですね」
 尾藤は一口、含む。
「いい感じですね」
「どういう風に」
「かすかな甘さがいいです」
「好きか、こういうのを」
「はい、いい感じです」
「そうか」
 二人は密談に入った。既に尾藤に案があるようで、それを披露した程度だが。
 須山はその計画は甘いと、何度も口にしようと思った。甘すぎるのだ。名は尾藤だが、微糖ではない。それよりも、辛い方がいい。そんな甘い作戦でやれるとは思えない。
 尾藤が帰ったあと、西村が入ってきた。
「どうでしたか、先生。これで、騒ぎは収まると思います」
「しかし、あの男の作戦は甘すぎる」
「それでいいのです」
「ほう」
「先生が動かれた、というだけで、いいのです。それで、騒ぎは収まりましょう」
「実際に行動しなくてもいいのだな」
「そうです。だから、どんな作戦でもいいのですよ。中味はいらないのです。でも動いた証拠として、明日、神田町の田中氏の事務所へ行って下さい。行くだけでいいのです。それで、この作戦、終わります」
 須山はやはりそれでは甘すぎるのではないかと思った。
 
   了


2021年7月1日

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