小説 川崎サイト



果て近く

川崎ゆきお



「もはやこれまでじゃな」
 落ち武者のような老人が呟く。放っておいても落ちゆく年だ。
「これからじゃよ」
 さらに年嵩の老人が言う。
「何と、まだあるのか」
「まだある」
「もう、わしには何もない」
「とは言っても、まだ生きてごじゃる」
「ああ、まだな」
「だから、終わってはおらぬ」
「では、何が始まるのじゃ」
「今までとは違う世界が待っておる」
「違う世界とは、あの世か」
「それもある」
「極楽へ行ける準備が必要なのか?」
「それもある」
「では、他にもあるのか」
「そうよな。あの世へ急ぐ必要もなかろう」
「しかしもう、この世に未練はない」
「未練?」
「諦めがついた」
「果てたわけじゃな」
「そうよ。もう浮世のことは諦めた。よく励んだ」
「ならば、自由の身ではないか」
「自由?」
「これまでとは違う事ができようて」
「隠居暮らしか」
「それもあろう」
「他にもあるのか」
「何をやってもかまわん」
「そうよなあ」
「好きなことをすればよかろうて」
「このまま枯れてゆきたい」
「それもよかろう」
「上人様は何を?」
「何とは?」
「何をなされておるのか? そのお年で」
「修行じゃ」
「わしも修行をするかのう」
「それもよかろう」
「いや、やはり、わしはもう終わっておる。このまま静かに暮らすわい」
「それもよかろう」
「何でもありか?」
「趣くままに」
「何処へ」
「所詮は人の世」
「面白いのう、そういう大把握は」
「それもまたよし」
「何でも由か」
「うむ、よしよし」
「やる気が出て来たわい」
「はて?」
「もう一花咲かせとうなった」
「花でも育てるか?」
「園芸……違う違う」
「それもまたよし」
 
   了
 
 



          2007年9月22日
 

 

 

小説 川崎サイト