小説 川崎サイト

 

戦場の手配師


 磯村嘉平という武士か何かよく分からない人物がいる。身なりはいいのだが、どこか野暮ったい。一見して百姓ではないことは分かるが、刀は差していない、
 庄屋屋敷の横木戸を磯村が叩くと、下男が出てきた、磯村だというと、さっと通された。
 戦国の世、戦があると、百姓が駆り出される。城から担当の武士が来るのだが、実際には庄屋が兵を集める。といって村の者なので、よく見知っている。
 この村は裕福。隠し鉱山を持っているためだろう。
「磯村様、またお願いします」
「心得た」
 磯村は砂金の袋を懐に入れる。
 砂金は百姓が持ち寄ったもので、兵役逃れだ。そのかわり、磯村嘉平が、それなりの百姓兵らしいのを連れてくる。その手配師なのだ。
 実際には山賊紛いの連中。
 城から来た担当の武士も、それを知っている。頭数が揃えばいい。
 百姓足軽に化けた山賊達は結構強い。ただ、目的は盗みなのだ。そのため、獲物があれば危険な前線まで突っ込むことがある。
 先ほどの担当の武士の言うことなど聞かない。勝手に戦場をうろついている。
 実は、その担当の武士、その分け前が頂けるので、黙認している。
 その武士の上役がおり、上から伝わる命令を実行するのだが、それは一応するが、危なくなれば、すぐに引いてしまう。そして上役のその足軽大将も、同じ穴のムジナ。
 しかし、今回の戦いは、苦戦で、そんな余裕はなかった。敵側の村を襲ってこそ値打ちがある。逆に襲われている。
 敵に押され始めたことを知ると、足軽大将も持ち場を離れないだけで、じっとしている。防戦しないで。
 それで、味方が引き始めると、ここぞとばかり、逃げ出す。百姓足軽に化けた山賊達の頭も、当然逃げる。それは早い。仕事にならないためだ。
 味方の本陣は後方にあり、小山にいるが、あまりにも兵が引くのが早すぎて、取り残されてしまった。それに旗本も逃げ出している。
 山賊兵達も逃げていたのだが、追ってくる兵を待ち伏せて、追い剥ぎのようなことをしている。少しでも成果が欲しいのだ。
 それで殆どの兵は戻ってしまったが、問題は取り残された本陣。そこに総大将がいる。領主の殿様だ。
 その本陣の小山から、伝令が降りてきた。まだ引かないで、山賊働きをしているところに。
 本陣を守れ、という命令だ。
 足軽大将も、山賊兵と一緒にいた。城から連れてきた本物の足軽部隊は、既に敗走している。担当の武士も残っている。山賊兵の動きを見張っているのだ。仲間を襲わないように。
 磯村喜平は、さてどうしたものかと、思案した。足軽大将の配下はもういないし、小頭のその村担当の武士も、小者がいるだけ。
 纏まった人数がいるのは山賊兵だけ。
 この磯村、ただの手配師で、山賊ではない。しかし、義理堅い人で、本陣救援を山賊兵に伝えた。
 一村から出陣した人数なので、それほど多くはないが、磯村嘉平は新米に場数を踏んで貰おうと、多い目に集めていたのだ。
 その中には、何処で手に入れたのか、侍大将並みの甲冑姿もいるし、立派な馬までいる。旗指物や、馬印まで持ち込んでいる。これは相当の身分でないと立てることはできない。それらが山に登りだした。敵兵もそれを見ている。
 負け戦なので、出番がないので、折角の装備も役に立たなかったが、本陣の小山へ辿り着いた。
 敵は本陣の兵が少ないと見抜き、一気に攻め上がってきた。登る山賊兵を追うように。
 しかし、敵兵が小山の頂上へ出たときは、本陣は既にからだった。
 山賊達は、このあたりの地形に詳しいため、下調べする必要はない。小山の裏側からの間道を知っていた。
 また、落ち武者狩りの危険もない。その落ち武者狩りの連中が殿様の周囲を守っているためだ。
 殿様は磯村嘉平を欲しがったが、嘉平は当然のように、断った。
 
   了


2021年7月2日

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