小説 川崎サイト

 

気運


 忙しいときほど用事が増えたりする。暇なときに増えればいいのだが、そうはいかない。
 それで竹村は忙しい夏を迎えている。夏が忙しいのではない。夏が急ぎ足で過ぎ去れば楽だろう。
 良いことは重なり、悪いときも悪いことが重なる。いずれも意識しないと分からないし、良いことが重なっているときでも、悪いことが入り込むだろう。その逆も。
 忙しい用事が重なることは幸か不幸か。
 忙しいことは良いことだ、と思えば、仕合わせなことなのかもしれないが、忙しいと疲れるので、その面では良いことではないのかもしれない。
 竹村はそういうのを見ていると、周期というのを感じる。当然流れも。
 良い流れに乗っていると思うときと、これは悪い流れになっていくと感じるときもある。そんな流れが本当にあるわけではないが、事柄の流れは確かにある。
 良い流れと悪い流れがごちゃ混ぜにやって来ることもあるだろう。喜んでいいのか、悲しんでいいのか分からないほどに。喜怒哀楽過剰で、これはこれで疲れる。
 竹村の夏は、良いことの流れに乗っているような気がするが、忙しくて仕方がない。
「忙しくて結構じゃないか。僕など暇で暇で仕方がない。もう慢性病だ。それに比べ、調子が良くていいじゃないか」
「そうなんだけど、不安なんだ」
「それは贅沢。いい感じゃないか」
「のんびりしたい」
「じゃ、分けてくれ」
「代わって欲しいよ」
「本気かい。そんな良い流れ、滅多に来ないんだから、人に譲るような真似など、本当はしないだろ」
「さあ、どうかなあ」
「しかし、人の気運なんて、取引できないからね」
「そうだね」
「しかし、忙しいのに、こんなところに来て、いいの」
「一寸、気晴らしで」
「何か、自慢話をしに来たように思うけど。ああ、これは僕のひがみか」
「自慢になるかどうかは分からない。それほど望んでいないからかもしれない」
「そうなんだよ。気運とか運気とかは望んでいない人のところに来るんだよ。僕なんて、望みすぎるので、まったく来ない。逆に悪いことばかり来る」
「そんなものかな」
「そうだよ。しかし、望んでいないのに来ても楽しくないでしょ。テンションも上がらない。やった、ということもなかったりする。望んでいないからね。だから望んでいる方が良いんだ。来たときの喜びが大きい」
「なるほど」
「良い悪いのジェットコースター、これがいいんだよ」
「じゃ、そろそろ戻るよ。忙しいから」
「そなの、でも暇な人に、そんな話、しない方がいいよ」
「そうだね」
 
   了




2021年7月5日

小説 川崎サイト