小説 川崎サイト

 

御足労


「暑い中、わざわざお呼びして申し訳ありません」
「あなたから来れば良いのに」
「少し用事が重なりまして、それに遠いので」
「その遠いところから私は暑い中、来たのですよ」
「恐縮です」
「田舎のバス停。屋根がない。まあ、市街地のバスでも、屋根があっても外れていることもあります」
「屋根が外れているのですか」
「日影が出ているところが外れているのです」
「ああ、なるほど」
「その田舎のバス停、バスがなかなか来ない。炎天下で立ってないといけない」
「そのへんで腰をかければ」
「すぐ来るだろうと思っていたのですよ。時刻通りだとね。しかし、来ない。まあ、それは分かっていること、よくあることなので、またか、と思いながら立っていました。ここでもうスタミナの半分ほどは失いましたよ」
「御足労かけて、申し訳ありません」
「バスがやっと来たんだが、意外と満席。子供の団体が乗っている。その子供も、立っている。別の団体も乗り合わせているのですよ。そんなことは滅多にない。流石バス、田舎のバスでも冷房は入っている。しかし、座りたい」
「あ、はい」
「まあ、町へ出るには、そんなことはいつものことで、珍しくはありませんが、今日に限って団体さんが二組。だから、いつも通りじゃありませんがね」
「今日、お越し頂いたのは、実は」
「バスを降りると、駅。ここまで来れば、屋根の下。駅ですからね。流石に土饅頭だけの駅じゃなく、駅員もいるし、プラットホームはある。それに屋根もある」
「まずは、冷たいものでも如何ですか。出すのを忘れていました。それで、話というのは他ではなく、実は」
「バスが遅れたため、予定していた電車は行ってしまった。一時間に一本です。やっと来た電車は二両編成、がら空きです。いつもと同じ。これに乗るのが好きでしてねえ。やっとそこで、いい感じになりましたよ。暑さ、寒さも、ここまで」
「それは良かったですねえ」
「しかし、都心部はいけない。田舎よりも暑い。それにあなたの事務所、駅から、かなり離れているじゃないですか。一度来ただけですが、道は忘れてしまいましたが、地図がある。それを見ながら来たのですが、日影があるようで、ない。ビルの影が運悪く時間帯が悪いのでしょ。良いところに出ていない」
「お電話頂ければ、車を寄越したのですが」
「僅かな距離だよ。そこまでしなくてもいい」
「はい」
「しかし、市街地の暑さはきついよ。熱風が来ることもある。これには参った。それで、ここまで辿り着いたときは、もうヘトヘト」
「あ、冷たいもの、持ってきます」
「それよりも、用件は何だ」
「実は、お顔を拝見したかっただけです」
「何」
「しばらくご無沙汰なので、挨拶に行こうと、思っていたのです」
「じゃ、来れば良いじゃないか、わざわざ、私が出向かなくても」
「でも、来ると言われましたから」
「そうだったか」
「はい。久しぶりに都会の様子を見たいと」
「ああ、そうだったなあ」
「帰りは、車で送らせます」
「遠いよ」
「いえいえ、私は都合が悪いので、部下に遅らせます」
「そうか」
「はい」
「誰だ」
「何が」
「部下とは」
「竹田です」
「知らないなあ」
「最近入りました」
「知らない人とドライブ、それは遠慮するよ」
「そうですか」
「それで、用件は、本当にないだね」
「はい、お会いできただけで」
「私は一日仕事だ」
「御足労かけました」
「うむ」
 
   了




2021年7月6日

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