小説 川崎サイト

 

宮の早足


「ここは、お宮の甚助がいいか」
 お宮の早足、早足のお宮と呼ばれる足の速い勘助が指名された。
 村一番の早足で、村道沿いの大鳥居から神社の本殿までを駆ける競争があり、五年続けて一番。二番に大きく差を付けていることから、近隣でも一番だろう。
 村に出入りする山の者が、土煙を見たらしい。街道に土煙、これは兵が移動しているのだ。こちらへ向かっている。
 山の者は早朝それを見て、すぐに村人に知らせた。それを遠く離れたお城へ伝えに行く必要がある。その間に関所とか、砦とか、出先機関はない。一番近い番所までも遠い。
 庄屋はすぐに馬で向かわせたのだが、甚助の方が早いかもしれない。番所までは山また山で、馬道はかなり迂回している。
 宮の早足である甚助は、馬と競走するわけではないが、その役を得たことで、張り切った。
 敵が攻めてくるのは知っていた。しかし、攻め口が分からない。それに領内は広い。それが分かれば、構えようがある。
 甚助は庄屋の書状、これは報告書だ。しかも大至急の。一応それを持たせた。
 甚助は番所のある村へは行ったことはないが、道は分かっている。しかし、そこを通ったのでは遅いので、山の者から聞いた近道を教えてもらった。しかし、かなりの距離だ。
 村を出て行く甚助、颯爽とした走り、流石宮の早足だけのことはある。
 村の馬は遅いが、人よりも早い。元々荷を運んだり、畑仕事用で、力は強いが、速く走れない。戦場を駆け回る馬とは違う。
 甚助は二本足だが、山の斜面に両手をつき、まるで猿のように駆け上っている。馬や荷駄は通れないが、人やケモノなら通れる。
 急を告げに来た山の者。それはさっと立ち去ったのだが、庄屋は少し気になっていた。見たのは土煙。そのまま進めば、この村近くを通るかもしれない。それで、襲われる可能性があるので、一応逃げるように村人に伝えた。
 避難場所は分かっている。山の者がいる場所で、戦のとき、何度かそこへ逃げ込んでいる。しかし、村が襲われたことはまだない。
 それよりも土煙が気になる。兵が移動しているのなら、土煙が立っても不思議ではないが、別の可能性もある。
 庄屋の先祖が、狼の群れが土煙を上げながら移動していたと、言っていたのを思い出す。
 甚助に書状を持たせたが、誤報だと人騒がせな庄屋ということになる。
 さて、その甚助けだが、飛ばしすぎた。
 一山越えて近回りしたとき、既にバテてしまった。要するに短距離向けなのだ。大鳥居と本殿との距離は短い。そこで一番だったが、長距離は未知数だった。
 山の斜面で蜘蛛のように張り付いたままの甚助を山の者が見付けた。甚助は無事だった。
 それで、村に戻ってきたのだが、庄屋はほっとした。甚助のサラシから書状を取り出し、そのまま焼いてしまった。
 数日後、村に兵が来た。大軍だ。
 馬は無事、番所に着き、そこから城へ連絡が行ったのだろう。さらに城では、似たような情報が入っており、兵を甚助のいる村へ集結させ、そこを本陣とした。
 庄屋屋敷が本陣となったので、庄屋は別宅へ移った。
 その前に、急報の早馬を送ってくれた庄屋に褒美が出た。
 庄屋は、その褒美の一部を甚助にも渡し、労をねぎらった。
 
   了
 

  


2021年7月8日

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