蜘蛛の巣城
川崎ゆきお
いつ頃、誰が言い出したのか、蜘蛛の巣城。 別に城があるわけではない。 銀杏並木の大通りに面したその場所は、人通りも多く、決して淋しい場所ではない。 若い人達が多いのは近くにキャンパスがあるからだ。 学生街の喫茶店だった……に違いない。 とは思うものの、店内には学生はいない。 それどころか、客がいるのを見た人はいないとまで言われている。 銀杏並木の歩道から店内隈無く見渡せる。窓もドアも全てガラス張りで、視認性がよく、入る前に店内の様子を分かる。 しかし、ときにはそれが災いすることもある。 客が一人もいないため、普通の人が入ってはいけないのではないかと、躊躇する可能性がある。 テーブル席は五つほどあり、L字型のカウンターにも何人かは座れる。 テーブルは低く、椅子も小さく低い。 ビニールのテーブルクロスは擦れ過ぎたためか透明感を失い、淀んだ雰囲気を醸し出している。 また、大きな窓ガラスも汚れが落ちないのか、濁っている。 歩道から見ると、その白く濁ったような微妙な透明感が蜘蛛の巣を思わせる。 この蜘蛛の巣城がどうして営業を続けられるのかは問題ではない。 この種の店が珍しくないほど、この町は古い。 マスターは七十年代のファッションを続けており、ぼさぼさの長髪で、河童のような髪型をそのまま長くした感じで、皺だらけの顔に垂れる髪の毛を見ていると、毛蟹や蜘蛛を連想させる。 そして、この蜘蛛男はいつ見ても店の真ん中のテーブルにどっかり座り、新聞や雑誌を読んでいる。 その姿は蜘蛛の巣の真ん中で、じっと獲物を待っている蜘蛛そのもので、そんなものを見てしまうと、客は冗談でも入らない。 ある人によると、この喫茶店空間は、ショールームだという。 蜘蛛マスターのショールームで、全てが展示品であり、マスターは営業時間中、常にパフォーマンスを演じているのだと……。 そして、一般の人が店内に入り、参加してはいけないし、邪魔をしてはいけないと……。 了 2003年10月8日 |