小説 川崎サイト

 

奥の一郷


 須原郷数ヶ村を担当する城の役人が、一番奥の菅谷村に来ている。もうここは僻地で、戸数も少ない。田畑もそれほど豊かではないが、年貢は取る。
 その担当が村井という若侍。それなりに張り切っている。戦のときは、ここからも足軽を取る。
 庄屋屋敷はそのへんの農家とは別世界のように大きく、そして豪華。
 村井は庄屋から、話を聞き出すつもりだ。一寸した謎があり、城では教えてくれない。それで、ここまでやってきたのだ。当然用事のついでに。
「奥の三原郷ですかな」
「そうです」
「あるにはあるがなあ」
「そこも領内のはず。行って見たいと思うのですが」
「行く人は希ですよ。この近隣の人は行かない。用事がないのでな」
「でも行く人がいるでしょ」
「行商がね。入り込みます。ここを宿にしてね。まあ、多くはないですよ」
「行商しか入り込めない村」
「そんなことはありませんよ。別に行っちゃいけないところじゃない。でも用事がない。
「三原郷から人が来ますか」
「滅多に来ない。だから、付き合いはない」
「三原郷とはどんなところなのです。広そうですが、まあ、私の担当なのですが、上司は行く必要はないと申しますので、何があるのかと、一寸興味が湧きまして」
「若いときは、そういった好奇心が旺盛なもの。気になるのなら、行ってみなされ、ただ年貢の催促をしても無駄ですよ」
「はい、それはしなくてもいいと上司に言われています」
「そうでしょうなあ」
「三原郷とはどんな場所なのです」
「村々が点在していますが、どの村も小さいし、離れすぎております。戸数が一つの村もあります。これはもう村と呼べませんがね。耕地は少ないのですが、山仕事はあまりしないようです。猟も川魚を捕る程度。獣は捕らないとか」
「そのあたりまでは聞いています」
「しかし、ここよりも豊かかもしれませんよ。山間の狭い耕地ですが、それを集めれば、ここよりも豊か。自給自足で、やっていけるようです」
「三原郷士がいるとか」
「ああ、郷の人達ですよ。三原の人達をそう呼ぶこともありますが、足軽として使えないでしょ」
「そう聞いています。しかし、ただの百姓じゃないのでしょ」
「いや、ただの百姓ですよ。ここの村人と同じように」
「じゃ、どうして年貢も取らず、人を出すことも免除されているのでしょうか」
「聞きませんでしたか」
「はい、教えてくれません」
「で、それを聞きに来たと」
「はい」
「あそこの人達、実は宮の兵なのです」
「宮の兵」
「宮の護衛兵、警備兵です。でもそれは噂ですよ」
「他に噂はありませんか」
「行商が行って、戻ってきたとき、たまに話を聞く程度ですが、結構いい場所ですよ。それに豊かだ。行商の定宿もあるようで、いいものが出るとか。だから、金がある村なので、いい商売になるらしいです」
「でも田畑は少ないのでしょ、一戸あたりにしては広いらしいですが」
「城からも人が行きますよ」
「私じゃなく」
「そうです」
「噂ですよ」
「嘘でもいいので、どんな噂か聞きたいのです。城からどなたが行くのでしょう」
「少し身分の高い人でしょうなあ」
「はい」
「この話、ここまでです」
「その先は、やはり秘密ですか」
「そうなりますなあ」
「でも、どうしても聞きたい」
「それは言えませんが、お見せしましょうか」
「あ、はい」
 庄屋は納戸の奥から小袋を持ってきた。そして、そっと中を見せた」
「砂金」
「私の口からはいえませんがね。まあ、城内でも秘密のようです」
「隠し金山」
「そんなことは言ってません」
「あ、はい」
 庄屋が見せたのはただの黄色い砂だった。
 
   了



 


2021年7月16日

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