小説 川崎サイト

 

今日の俄雨


 先ほどまで晴れていたのに妙な音が聞こえる。まさかと思い、高岡は耳を澄ませる。やはり雨音だ。間違いない。雨は降らないと思っていたので、雨音だとは分からなかった。何か違う別の音だと思っていた。
 梅雨時、晴れていても、いつ降るか、分からないもの。人間の予定通り行ってくれない。予測はできるが、当たらないこともある。
 高岡は昼食後、少し昼寝をし、そのあと散歩に出る。これは日課。余程のことがない限り、その日課通りの毎日。
 用事があると、その日課が変わるので、できれば作りたくない。それほどその日課を大事にしているわけではないし、また大事なことではない。本当の用事の方が大事だろう。
 しかし、それを超えるものが日課にはある。それはあまり変化がないということが大事なのだ。これが価値となる。中味ではない。
 昼寝後、散歩の準備をしているときに、雨音。これは邪魔者が入ったようなもの。しかし、用意が終わる頃には雨音は消え、雨垂れの音がポツンポツンとする。トイがないところからの音だろう。地面に穴が空いているので、その箇所に石を置いたのを覚えている。だから、石を叩く音。それがするだけ。やんでいても、しばらくはその音がする。
 高岡はそっと外を見る。窓からではよく分からないので、表まで出る。雨は完全にやんでいる。路面はかなり濡れており、ムッとする匂いがする。日向臭いような。カップラーメンの蓋を開けたときのような。
 空を見ると、黒い雲がまだ残っている。そして遠雷。遠い。しかし、その黒雲がこちらへやってくるかもしれない。天気は西から来る。風もそうだ。黒雲があるのは東の空。だから、大丈夫なはず。
 用心のため、傘を用意し、それで出掛ける。
日課の散歩。大事にしている日課。くどいが中味ではない。
 リスク。
 降るかもしれない。それに降りそうな空。雲が多い。ハイリスク、ハイリターンにはならない。特に得られるものはない。散歩なので。
 だから降られて損をしても、見返りはない。降られ損、濡れ損。
 しかし、脱いで乾かせば済むこと。一寸した水洗いだ。それに蒸し暑いので、雨のシャワーを浴びてもいい。ただ、散歩としてはやや不都合で、いいものではないが。
 高岡は決断はしない。すっとそのまま出掛けてしまった。慣性、惰性のような押し出し。いつもと同じことをやるだけなので、決断もクソもない。だから、出やすい。
 むしろ、部屋にいる方が苦痛。昼寝はしたし、そろそろ、外の空気を吸いたい。そして、自分の部屋ではなく、外に出たいのだ。不特定多数の人達がいる場所や風景などを見たい。それでも毎日散歩のとき、見ているものなので、もう見慣れているが。
 さて、雨。
 すっと陽射しが出た。しかし、すぐに引っ込み、雲の色や形が変わりだした。複数の雲の塊が混ざり合っている。下から見ると、重なっていたりする。下の方の雲が黒い。これは来るぞ、と高岡は覚悟を決めた。濡れ鼠、お釈迦。水かけ不動さんでもいい。物理的に、単に濡れるだけ。
 しかし、天気は持った。
 リスクはなかった。
 しかし、何も得なかった。
 
   了
 



2021年7月21日

小説 川崎サイト