「お経というより呪文のようなものかもしれません」
「まあ、訪ねてみましょう」
二人は山奥のお堂へ向かった。
「銅閣寺と呼んでいるようです」
「誰が?」
「御本人がです」
「私寺ですな」
銅閣寺は山間にあり、近くを走る道路から歩くと二時間はかかる。林道が通っているが、手入れする人がいないためか、荒れ放題で、道筋らしきものがある程度だ。
二人は何度も迷いながら林道跡を進んだ。
「あの人しか通らない道かもしれませんなあ」
「しかし、よくこんな場所にお堂を建てたものだ」
「いや、行者のお堂など崖に建っている場合もありますぞ」
「彼は行者でしょうか」
「いや、仏教徒のはずです」
「そうでしたな。お寺ですから」
「だが、僧侶ではない」
「酔狂でしょうか」
「こんな場所に十年も住んでおるのですから、間違いはない」
「え、何の間違いで?」
「じゃから、酔狂者に違いないと」
「そうですなあ。その酔狂者を訪ねる我らも酔狂の徒ですな」
「あの山の右肩の下に平らな場所がある。もうすぐじゃ」
「密教でしょうか?」
「雑密かもしれません」
「知られていない経典でしょうか?」
「その可能性を否定できない」
二人は似たような酔狂の徒から、そのお経の事を知った。銅閣寺の僧が唱えていると。
「山を買ったとか」
「伐採する人もいない山が多いからなあ」
「それが十年前」
「銅閣寺に籠もって十年。ずっとその経を唱えておるとか」
「興味深いですなあ」
山の右肩の真下に湧き水がある。水源だろうか。棚田で農作物を栽培しているようだ。
銅閣寺の屋根が見えてきた。銅葺き屋根が青く見える。
二人は中に通された。
「御経ですか?」
「ぜひ聞きたいと思いまして」
「そんなことでわざわざ」
「ぜひ」
男の御経は短かった。呪文に近い。
「もう一度お願いします」
「まんまんちゃんあん」
「もう一度お願いします」
「まんまんちゃんあん」
了
2007年9月25日
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