小説 川崎サイト

 

寿司屋に行ける夏


 今年の夏と、去年の夏とは違う。そっくり同じなら、逆におかしいだろう。夏に入ってからの三ヶ月間の日々の天気まで同じだと、これは作り物の世界になる。
 だから、それは現実ではないし、有り得ないが、多少の違いはあっても、似たような夏はある。
 夏なので、似ていて当然だが、暑さがましな夏とか、暑すぎる夏とかがたまにある。それがいつの年の夏だったのかまでは思い出せないが。
 平田は今年の夏の天気、普通だと思っている。特に変わったところはなく、例年通りに近い。
 ただ、平田は去年の平田ではない。今年の夏の平田は少し様子が違っている。変身したわけではなく、見た目は去年と同じだろう。一年、年を取っただけでは、形相までは変わらない。
 しかし、気にして見ていないだけで、身体の何処かは変化しているはず。背中の筋肉の付き具合まで見ているわけではない。
 だから、心境とか気持ちの問題で、今年は違うような気がする。だが、気のせいではなく、具体的な変化で、気の持ち方、つまり気持ちも変わるのだろう。
 一箇所が変わると、連動するようで、他もそれに合わせて変わっていったりする。中には反発する箇所もあるだろう。
 要するに今年の平田は勢いがある。何年もなかったことだ。これは内からではなく、外からのことが原因なのだが、そういう時期になっていたのだろう。
「今年は調子が良いようだね、平田君。しかし調子に乗っていると、怪我をするよ」
 友人の富田が羨ましがって、そんなことを言う。富田は相変わらずの暮らしぶりのようで、それが面白くないのだろう。
「調子に乗っているわけじゃなく、乗せられているだけさ」
「いいねえ、そんな状態になってみたいよ。それで、聞きたいんだけど、何か仕掛けた」
「え、仕掛ける?」
「そうそう、企てた」
「いや、何もしていない」
「活気づくように毎日お願いしたとかは」
「ない」
「で、何かお裾分けはないかな」
「ない」
「じゃ、一人勝ちか」
「別に勝っていないよ。それに、夏が終わると、また暇になるし」
「そうだね、いっときのことなんだね」
「そうだよ。ずっと続くものじゃない」
「それを聞いて安心した」
「君は、どうなの」
「色々仕掛けたけど、上手くいかない」
「あ、そう」
「何か、意見でもある?」
「いや、何もない」
「仕掛けたのに何もなし、仕掛けなくても成果を出す君。世の中、一体どうなっているんだ。努力が報われない」
「はいはい」
「まあ、ぼやいても仕方がないけど、一寸奢ってくれよ」
「寿司でも食べに行くか」
「いいねえ。回転寿司でも何でもいい。ただし、スーパーの寿司は嫌だよ。高くなくてもいいから、暖簾を潜って入る寿司屋で、板前さんが握ってくれるやつなら、文句は言わない。できればチェーン店ではなく、個人がやっている寿司屋。これだね。これ」
「じゃ、今から行くか」
「そうか」
「僕も長いこと、寿司屋に行ってないから」
「君も食べたいんだ」
「まあね」
 
   了




2021年8月1日

小説 川崎サイト