小説 川崎サイト

 

習い事


「たまには休まれては如何ですか」
「いや、それじゃ止まってしまいます。一度止めると、立ち上がるのが大変で」
「でも、毎日毎日続けていては疲れるでしょ」
「それほど大したことはしていません」
「何かの都合で休まないといけないこともあるでしょ」
「最近はありません。暇ですので、他の用事で休まないといけなくなることは、ほぼありません。体調が悪いときは別ですが、寝込むほどのことじゃなければ、続けられます」
「はあ」
「まあ、二食でも三食でもいいですから、毎日食べているようなものですよ。忙しいときは、抜いたりしますが、まあ、普通は食べるでしょ」
「はあ」
「一人暮らしで猫や犬を飼っているような場合と似ています。留守にできないでしょ。預かってもらえばいいのでしょうが」
「そういうのを飼っておられるのですか」
「実は妖怪を飼っています」
「やはり」
「冗談ですよ。そんなもの飼う人などいないでしょ。まあ、沸かしている人がいるかもしれませんが、それ以前にそんな簡単に妖怪など見付からないでしょ。まあ、いないのですから、探しようもありませんがね」
「私は、あなたに何かが憑いて、それで、毎日毎日それをずっと続けておられるのではないかと思ったのです」
「よくそんな失礼なこと、思い付きますねえ」
「先ほどの冗談のお返しです」
「ああ、そうですか」
「でも、続けることは大事ですね」
「悪いことなら別でしょ」
「まあ、そうなんですが」
「続けるためには、それなりの不便もありますよ。先ほどの猫の世話のようなものですがね」
「私もあなたのように、毎日毎日続けてやるようなことをやりたい」
「やっておられるじゃないですか。起きて、ご飯を食べ、また寝て、と」
「それ以外の、もっと有為なことで」
「まあ、続けていると、色々なことが分かってきますよ。ずっと家事をやっていると、上手くなっていくのと同じですよ」
「そういったものを身に付けたいのです。家事じゃなく、他のことで」
「続けると上達する。しかし、それが良い事かどうかは分かりませんよ」
「そうなんですか」
「上手くなればいいってことじゃない場合もあるのです。下手なまま泳ぐのもいいのです」
「毎日続けておられると、そういうものが見えてくるのですね」
「一芸は千芸に通じますが、全てではありません。でも、どの道を行くにしても、道でのあれこれは同じように起こりますからね」
「やってみたいです。私も、何か習いごとを始めたい」
「はい、頑張って下さい」
「あなたもお大事に」
「はい、有り難う」
 
   了




2021年8月2日

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