小説 川崎サイト

 

試行誤錯


「どうだね。何とかなりそうかね」
「今までにないことですから、方法が分かりません。それで、試行誤錯の日々です」
「え」
「何とかなるでしょう」
「大丈夫かね。試行錯誤の間違いだろ」
「だから試行誤錯を繰り返しています」
「だから、間違いなんだ。錯誤だろ」
「え」
「試行誤錯なんていわない。試行錯誤だ」
「あ、そうでしたね。少し誤錯していました」
「錯誤でしょ」
「ああ、はい」
 翌日、試行誤錯の人は出て来なかった。
 一寸した間違い。本人に悪気はないし、作為的でもない。ただ、意味は通じた。
 そこでの試行錯誤を繰り返す作業もやめてしまった。それが試行誤錯の作業なら、できたのだ。
 新しい時代に入り、新しいシステムが導入されたのだが、それが上手く稼働しない。それと以前のものとの整合性も問題になる。だから、試行錯誤を繰り返し、調整していたのだ。それができるのは彼だけ。
「呼び出しなさい。そうでないと、先へ進めん」
「はい」
「何があったのだ」
「何もありません」
「いてもらわんと困る。君が代わりにやるかね」
「それはできません。彼ほどのベテランでないと」
「辞表は受け付けない。いいね。それを伝え、何が気に入らなかったのかを聞きなさい。待遇に問題があるのなら、何とかする。急ぐんだ。急げ、急げ幌馬車」
 幌馬車は、彼と会い、事情を聞いた。
 彼は試行誤錯をまだ根に持っているようで、それが辞める最大の理由だった。しかし、誰もそれを知らない。そして、彼もそれは言わない。
 しかし、辞めたのだが、新しいシステムについては考えており、彼いうところの試行誤錯を繰り返していた。辞めたのだから、もう考える必要はないのだが。
 それが解けた頃、幌馬車がまたやってきた。やはり、戻って欲しいと。
 彼も一時は辞める気でいたが、辞表は受理されないままだったこともあり、戻ることにした。新システムの問題を解決した手土産もある。それを披露したい。
 そして、無事、元の鞘に収まった。
 そして、多くに人達の前で、新システムと旧システムとの整合性に関する解決法を披露した。
「僕が試行誤錯を続けた成果を発表します」
 幌馬車は、あっと、思ったが、他の人達に変化はない。普通に聞いている。
 試行錯誤だろ、言い間違いだろうと、誰も指摘しなかったし、気付いていない人の方が多かった。
 
   了



2021年8月4日

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