小説 川崎サイト

 

有川古道の妖怪 後日談


 有川古道から戻ってきた妖怪博士は寝込んでいた。暑いさなか山道を歩いたためだろう。後で調べると、そこは行場で、修行のため、そのあたりを歩き回るコースだった。ただ、そこはもう廃道で、無人だが、戻り道、それらしい人と出合った。
 そんなことを思いながら横になっていたのだが、妙に湿気る。有川古道からの戻り道、雨が降り出し、その後、雨ばかり。湿気が高いのか、蒸し暑い。しかし、気温は高くはない。
 天井を見ながら、あの行者について何度も考えている。妖怪を探しに行ったのだが、そんなものはいない。怪異もない。分かりきったことだが、それらしいものが出てもらわないと困る。錯覚でもいい。そのため、妖怪の取材にならず、無駄足を踏んだことになる。それでどっと疲れが出たのだろう。
 それよりも、あの行者だ。偶然、ばったり出合うものだろうか。妖怪博士が来ることを知っていたわけではないはず。いつ行くか、妖怪博士も決めていなかった。
 となると、古道の入口で見張っていたのだろうか。そんな暇なことはできないはず。
 ただ、その行者、一日中その古道にいるとなると別。しかし見晴らしが悪い樹海のようなところ。見付けるのは難しい。
 妖怪博士が行者と出合ったのは、戻りがけ、有川古道から、旧街道に差し掛かったとき、向こうからやってきたのだ。
 有川古道への入口は二つある。いずれも旧街道からの枝道。どちら側から妖怪博士が来るのかは分からないはず。交通の便は似たようなもので、いずれも旧街道を走るバス停から。
 担当編集者は、その行者が妖怪情報を送ってくれた人ではないかと、言っていた。だが、妖怪博士をおびき出して、何をするつもりなのだ。実際には挨拶をして別れただけ。行者は何も仕掛けてこなかった。
 だから、待ち伏せとかをする意味がない。何か企みがなければ無理だろう。それに何のためにそんなことをするのかも分からない。
 鼻水が出る。バテただけではなく、夏風邪でも引いたようだ。
 あの行者が妖怪だったと言うことも考えられる。それなら問題は解ける。妖怪の目的など分からない。ただ、そこにいるだけの妖怪もいる。何もしない妖怪。
 だが、それでは妖怪らしくない。幽霊のようなものだとしても、それらしくはなかった。どう見ても生きている人間で、修験者スタイルなので、少し目立つが、場所が場所なので、馴染んでいた。
 幽霊だったとしても、そんなところに出る目的が分からない。
 残るのは、最初からそんな人とはすれ違わなかった。妖怪博士が見た立体感のある幻覚。しかし、会話している。それに幻想だとしても、その切り替わる時点があるはず。何処かで、きっかけがあり、そして何処かで、すっとそれが終わる。
 それがない、リアルに続いていた。
 
 それからしばらくして、妖怪博士も回復した頃、担当編集者が別の用事でやってきた。
 そのついでに博士は有川古道、有川峰行場についての今の状態を調べて欲しいと頼んだ。
 編集者は郷土史家などのグループに連絡を取り、調べてもらったのだが、行場、道場はもうないが、たまに入り込んで、修行のため、歩いている人がいるとか。
 やはり、あのとき妖怪博士が遭遇した行者は、その中の一人だったようで、ただの偶然だと分かった。
 担当編集者も期待していたのだが、妖怪博士は妖怪をひねり出せなかったようだ。
 
   了




2021年8月17日

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