小説 川崎サイト

 

雨の盆


 町角で傘を差したままじっとしている人がいる。
「あなたも見ましたか」
「はい、何人か見ました。年寄りが多いようです」
「雨の盆だ」
「そうですねえ。お盆に雨は珍しいですね。このところ、雨が多いと言うより、毎日雨なので、お盆のことなど忘れていましたよ」
「お盆なのでお坊さんが来るのでは」
「仏壇仕舞いをしましてね。もう仏壇はありません。私が死ねば、もう仏壇は捨てるしかない。それじゃ何ですので、魂抜きをしてもらい、仏具屋に引き取ってもらいましたよ。それがまた高い。大型ゴミとして出せるのですが、それはないでしょ」
「そうでしたか」
「先ほど雨の盆と言ってましたが、傘と関係があるのですか」
「迎え火が雨で焚けない」
「ああ、私も焚いていましたよ。ススキのような、あれは何でしたかね。忘れましたが、スカスカの棒ですが、それを切って、小さなキャンプファイヤーのように玄関先で焚きました」
「それでお分かりでしょ」
「迷ったと」
「そうです。何処かのご先祖さんでしょ。近くまで来ているはずだが、目印の明かりや匂いがない」
「そのご先祖様のことを雨の盆というのですか」
「風の盆があるようにね」
「それは怖いです。さっきもそこで傘を差した人がじっとしていました。歩けばいいのに、そして家を探せばいいのに」
「探したのだが、見付からなかったのでしょ。それで突っ立っている」
「まあ、そんな冗談はやめて、今年はどうですか。お盆までには何とかしてくれると言ってませんでしたか」
「言いましたか」
「そのお盆です。そうでしょ。勘違いじゃないですよね。今日はお盆のはず。近所の店屋もお盆休みに入りましたから、確かだと思います」
「はい、何とかやりましたが、何ともならないので、大晦日までには何とかします」
「私も年ですよ。それまで持つかどうか」
「それはないでしょ」
「そうですね。心配なのはあなたの方。私よりも年嵩だ。大晦日まで持ちますか」
「はい、約束を果たすまでは生きております」
「お願いしますよ」
「はい」
「じゃ、これで帰りますがね。帰り道、またあの傘を見るとぞっとしそうですが」
「あれは、冗談です。ご先祖は傘を差して歩いて戻っては来ない。上から来ますよ」
「でも、目印の迎え火がないと、上空で迷うでしょ。何処に着陸していいやらと」
「迎え火を玄関先で焚いている家は他にもありますので、間違って人の家に帰ったりしそうですよ」
「ああ、そちらの方が怖い。見知らぬ客ですね」
「しかし、見えないので、心配いりませんよ」
「そうですねえ」
 
   了




2021年8月18日

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