小説 川崎サイト

 

旧街道の弁当


 旧街道が交差するところにベンチがある。休憩所のようなもので、屋根もある。場所は住宅地の中。旧街道なので、今では生活道路ほどの規模で、その沿道も時代劇のような建物ではなく、普通の民家。しかし、かなりくたびれており、最近建った新建材の家ではない。
 ベンチのある場所は十字路跡。そのため、少しだけスペースがあるので、植え込みではなく、東屋のようなものが建っている。
 そして街道を記した新しい道標。石ではない。そのかわり、そこに神社があったらしく礎石だけが残っている。旧街道全盛時代は、もっと賑やかだったはず。
 また、ここは城下への入口で、すぐ先に町家などが並んでいたはず。一寸した繁華街。
 しかし、旧街道と書かれていなければ、狭い裏道で、逆に近道や抜け道にはなりにくい。人が一人歩いていると、車も人もかなり避けないと交差できない。だから、逆に遅くなる。
 そのベンチだが、町内の人は用事がないので、座ることは希だろう。町内規模ではなく、街道規模なので、そんなところに座るのは旅人だろうか。
 しかし、歩いて旅をしているような人は見かけない。いるかもしれないが。
 そのベンチに、先ほどから座っている老人がいる。自転車が止まっており、ベンチには大きな魔法瓶が置かれている。一人だ。そして、弁当を食べている。
 季節は夏。時間は昼頃。だから、昼弁当なのだが、しっかりとした弁当箱に入っている。昔ながらの真鍮製かもしれない。金属製だと分かるのは、光沢が鋭いため。箸も割り箸ではない。
 魔法瓶の中には冷たいお茶でも入っているのだろうか。一リットルは入るほどの大きさ。ペッドボトルよりも当然嵩が高く、重いだろう。黒い旅行鞄のようなものが横にある。自転車に乗せて運ぶのだから、重くてもいい。
 しかし、町内の人から見れば、見知らぬ人が町内に入り込んで、いきなり弁当を広げていることになる。
 その老人、どこから来たのだろう。旧街道が交差する場所は、観光地図などで紹介されているし、行楽スポットとしても載っている。
 しかし、道があり、道標があるだけで、沿道は普通の住宅地。少し行くとと旧村内に入り、そこは農家がまだ残っているのだが、交差する場所は村はずれであり、また城下から離れた場所。
 老人は間違って来たわけではなく、間違った行為をしているわけではない。史跡巡りであり、そこで弁当を広げても、大きな魔法瓶を立てても悪くはない。
 だが、その老人と同じように見に来ている人は、見かけない。
 弁当を作り、冷たいお茶を魔法瓶に入れ、史跡巡りに出掛けたのだろう。お昼は、まだその途中かもしれない。
 徒歩でもなく、車でもバイクでもなく、自転車。
 さて、その旧街道。それらしい道案内が出ているのは、ごく僅かな場所だけで、すぐに普通の生活道路に戻り、そのあと工場にぶつかり、そこで果てる。
 そのあとは、工場裏に回り込んで、途切れた街道跡を自分で探さないといけない。本当の冒険はそこからだ。
 
   了




2021年8月31日

小説 川崎サイト