小説 川崎サイト

 

雑念家


 失ったものを取り戻したときは嬉しいが、それはもういいかというものが戻ってくることもある。
 失ったときは残念な気もしたが、戻ると、それほどではない。だから、それほど大事なことではなかったのだろう。
 また、戻ってきて欲しいと常に望んでいたことでも、徐々にそれが薄らぐこともあり、あるところで、もういらなくなる。これは必要ではなくなったためだろう。その代わりのものがあるわけではないが、何かで代用できたのだ。
 切実に望んでいたものほど、あっさりと忘れてしまったりする。切実すぎたのだ。今、戻られても困るような。
「今回は戻る話ですかな竹田君。君は多くのことをやっては放り投げてきましたから、以前の何かに戻るのですか」
「はい、飽きてきたので、やめてしまったものが数限りなくありまして、そのほとぼりも冷めたので、新たに向かい合うと、まだ行けそうなので」
「そうですか。たまには戻るのも良いものですよ。先へ先へ向かっても、そう良いものが先々に現れるわけではありませんからね。だから、過去を振り返るのもいいのです」
「振り返ったときは良いのですが、結局はまた同じことになったりします」
「だから、つまみ食いを繰り返せばいいのです。飽きれば乗り換える。それも飽きれば、また別のに乗り換える。複数のものを色々とつまみ食いするのも悪くはないですよ」
「でも、どれも初心者レベルのままで、どのレベルも低いのです」
「そのうち淘汰されていきますよ。君に合ったのが残る」
「残っても初心者レベルですから」
「その頃が一番楽しいかもしれませんよ。上へ行くほどきつくなり、あまり面白いとは思わないようになるものです」
「極地を踏みたいです」
「君は低地で十分でしょ。そのタイプです」
「そのように見えますか」
「研究内容を変えすぎです。それに雑念が多すぎるのでしょうね」
「今、思い付きました」
「何かね」
「はい将来のジャンルを」
「言ってみなさい」
「雑念家」
「ない」
「はい」
「そんなものはない」
「はい」
 
   了



2021年9月1日

小説 川崎サイト