小説 川崎サイト

 

龍道スポット


 妖怪のような特殊なものではなく、一般的なものを今回はやりたいと、妖怪博士の担当編集者がやってきた。
 何処かで待ち合わせて出掛けるのではなく、腰の重い妖怪博士なので、行かないと言い出したり、また遅刻も多いため、妖怪博士宅経由となる。
 そういうときに限り、妖怪博士は早い目に準備をしており、逆に編集者は遅れてやってきた。
「一般的な?」
「そうです先生。有名スポットです」
「心霊スポットかね」
「それならありふれています。妖怪スポットよりも一般的ですが」
「では、どのようなスポットだ」
 要するにエネルギースポット。パワースポットです。気が強い場所。幽霊がいそうな心霊スポットではなく、神仏レベルの聖域で、龍筋、龍道とも言われている。聖獣の通り道になるような場所。龍は空を飛ぶので、道ではなく、そういう気が流れている場所。これを通じているという。見えないが。
 二人が訪れたのは、少し辺鄙だが、日帰りできるほどの近さ。隠れスポットで、それらしい神社などはない。奇岩もないし、巨木もない。いかにもの神域、霊域、聖域らしさが具体的にない場所。木が生えているだけ。
 ただし、近くに聞いたことのないような神社があるが、これは村の神社、これは村の神社の別荘、山荘のようなもの。それだけに祠ほどの大きさしかなく、手入れも悪いが、山仕事などではいい目印になる。まあ、山での安全を願うような一般的なもの。
 その神社は当然無人。その裏側に、奥の院のように、小さな祠が、点在しているのだが、さらにその奥になると、もうただの山の中。
 妖怪博士よりも編集者の方が、そこまで来たとき、バテたようだ。
「足が丈夫ですねえ、先生は」
「いや、力を入れないように歩いているんだ。足だけで歩くのではなく、身体全体で、少し前屈みになると体重が移動し、自然と足が出る」
「でも坂道は違うでしょ」
「違う。しかし横へ移動しながら進めばいい。逆風のときのヨットのようにな」
 赤く塗っていない鳥居がある。最初、皮の剥けた木に見えたが、違っていた。それなりに人の手が入っているので、目的地はこのあたりのはず。一番奥深いところで老木が多いが、巨木に見えないのは背が低いためだろう。
 中には奇妙な形をした木もある。そういうのを見ていると、いかにもの場所。
 その先に窪みがあり、水が湧き出ているのか、一寸した沼。しかし浅い。だが透明で、湧き水の出たてなので清い。これは神水と言ってもいいだろう。
 そこには古い木札があり、龍の水飲み場となっている。
 風がいきなり吹き出したり、雲が多いのか、照ったり曇ったりを繰り返している。妙なところに木漏れ日が差し、何かの形に思わせ、さらに動き出したりする。
「これですよ。博士。やはり、ここはスポットだ。人も殆ど来ないと聞きましたから、これは効きますよ。最前から、空気が変わるのが分かります。この沼周辺が一番濃いです。流石龍の通り道」
「水飲み場となっておるが」
「しかし、何故龍なんでしょうねえ」
「水神系じゃろ。蛇じゃ」
「あ、はい」
「しかし、博士、感じませんか、この霊気というか、精気というか、神気といいますか」
「樹木のせいだろうねえ」
「そうなんですか」
「それと、この地形。風の通り道」
「あ、はい」
「これで、終わり」
「先生、取材を」
「だから、木だよ。山に行けば、いくらでも、こんな場所はあるじゃろ。原因は地形や樹木。特に沼のあるこういう湿気たところだと更に効果があるのかも」
「もっと神秘的にお願いします。ここまで辛い思いをして歩いてきたのですから、気のせいだけでは」
「だから気のせいなんじゃ」
「え、やはり木の精ですか」
「木は生物。だから生きておる。その息吹が濃いんじゃ。山の中は。それだけじゃ」
「精霊でも妖怪でも、発生させて下さい。ついでなので」
「今回はスポットではなかったのか」
「龍道の走る場所。これです。これで行きましょう」
「こういう湧き水、まさに清水。神社が扱うとそうなる。酒は御神酒になる。また、清水は聖水になる。いずれも何かありそうな違いがあるのじゃろう。その成分ではなく。まあ、澄んだ水でも顕微鏡で見れば、バイ菌がうじゃううじゃおったりしそうだが。その中に小さな龍のような形のバイ菌がおったりするのかも」
「しかし、ここはどうして有名スポットにはならなかったのでしょうねえ」
「宣伝する団体がおらんからじゃろ」
「だから、隠れスポット。これは効きそうです」
「精気でも満たして帰るか。山で深呼吸する。それだけでも効果はある」
「はい」
 二人は奥深い場所だと思っていたが、入り口の小さな神社から一寸入っただけだった。もっと長くて、遠く感じたのが不思議。初めての場所は、そんなものだろう。
 そして最寄りのバス停まで出たとき、編集者の腹具合が悪くなった。
「あの水に当たったようです」
「飲んだのか」
「はい。先生は」
「私も飲んだ」
「大丈夫ですか」
「ああ」
 妖怪博士に抵抗力があったのではなく、編集者はがぶ飲みしたが、妖怪博士は、一寸口に含んだ程度だった。
 バスの中で編集者は正露丸を飲む。すると、バスが駅前の終点に着く頃には治っていた。
 清き流れの宮川の、と妖怪博士は、浪曲のようなものを口ずさんだ。
 それを電車の中で聞いていた編集者は、今度は眠くなったのか、寝てしまった。
 
   了

   




2021年9月2日

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