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旅立ちのとき
秋風が吹き出していたが、すぐに雨の風が吹き出し、風は収まったが雨は降り続いた。
「松茸にはいい雨じゃ」
「しかし、秋らしい日は一日だけでした」
「このあと、うんと晴れる日が続く。焦るでない」
「別に焦っていません。晴れないとできないことがあるわけではありませんから」
「そうか、焦っておるのはわしか。旅に出たいのでな。出立が遅れる。急ぐ旅ではないが、その気になっているときに旅立ちたい。この雨で、水を差された。雨が上がったとき、その気があるかどうかは分からん。今ならあるのだがな」
「では、旅立たれては」
「雨じゃろ」
「この程度なら、蓑笠があれば凌げます」
「しかし、道はぬかるんでおるし、わしが目的とする旅ではない。晴れていないとな」
「このあと、いくらでも晴れるでしょ」
「それはさっきわしが言った」
「そうでしたね。私は雨でも困りませんが、秋の晴れた空を見たいのです」
「昨日、晴れておったじゃろ」
「しかし、雲が多くて、私が見たい秋空ではありませんでした」
「そうか。しかし、困らないんじゃろ」
「困りませんが、望んでいるものを見たいのです」
「それなら、ただの贅沢。わしは旅に出るので、これは困るんじゃ」
「何処へ行くのでした」
「あてどもない旅に出る」
「行き先は決めていないのですか」
「ああ」
「でも、町外れの辻で、街道が別れます」
「それは西だろ。わしは東へ行く。一本道じゃ。山間を通る道」
「じゃ、行き先を決めているじゃありませんか」
「方角だけ。道だけは決めた」
「どうして、その方角なのですか」
「そっちの方が静かで、里がポツンポツンとあるような長閑なところなのでな」
「じゃ、決めているじゃありませんか」
「そうだなあ。しかし、何処で泊まるかなどは考えておらんし、途中で寄り道をするかもしれん。また気に入れば長逗留してもいい。そういうことは一切決めておらん」
「そうでしたか」
「そういう曖昧な旅なのでな。是が非でも出ないといけないわけじゃない。だから気が乗っている間に出ないとだめなんじゃ」
「それで、雨で水を差されたと」
「ああ、既に、面倒になりだしている。明日も雨なら、もうその気も失せるじゃろう」
「呑気でいいですねえ」
「まあな」
了
2021年9月5日