小説 川崎サイト

 

風景禁断症


 秋になり、いい気候になったはずなのに、連日の雨で、散歩人の篠原はうじうじしている。別に散歩などに出なくてもいいのだが、それは日課。出れば気分が変わる。一つ間を置くようなもの。
 篠田は自室で仕事をしている。見慣れた室内。できるだけ壁際ではなく、部屋を見渡せるところにテーブルを置いている。だから、背中は壁とか物入れ。
 本箱が正面に見えるが、背表紙の文字は読み取りにくい。疲れてくると、さらに読めなくなる。カレンダーもかかっているが、月割りで三ヶ月分が一枚になっている。これは読めない。
 そのため、このカレンダー、貼っていても意味がないのだが、何かの商品におまけでついてきた。売っているものではないので珍しいというわけではなく、捨てるのがもったいない。ただ、何を買ったときのものなのかは忘れた。おそらく家電店だろう。セール中だった。
 いつもの定位置から見える室内。これはこれでいいのだが、変化がない。知らない間に本の並びが変わっていたりとか、三ヶ月カレンダーが一気にめくられていたとかはない。あれば大騒ぎだろう。しかし、人に言っても、自分でやったのだろうと、言われるだけだろう。
 部屋の中での変化と言えば、動くものがたまにある。カーテンの揺れが一番目立つ。次はゴキブリだ。これは夜に出てくる。篠田が夜食を食べる時間と合致する。
 既に秋だが、ゴキブリはまだ元気。それとヤモリ。これは動かないので目立たないが、天井近くの壁に張り付いてたりする。動かないと分かりにくい。
 まあ、そういうものはすぐに見慣れたものになるし、変化といっても小さすぎる。もう少し風通しのいいところへ行きたい。風を求めてのことではなく、不特定多数の人が行き交うような場所。行き交うのはゴキブリやヤモリではなく、人。
 また、街路樹や草花でもいい。それなりに変化はあるし、気をつけてじっと観察し続けているわけではないので、細かいことまでは分からないし、見落としているようなものもある。
 たとえば街路樹の桜の幹。花や葉は見るが、幹をよく見ると、アリがいたりする。
 散歩中、遠くにある家の瓦の一枚一枚まで観察するわけにはいかないが、その気になれば、細部は膨大。屋根瓦は普通は見ないで、屋根として見ている程度。あとは色目とか、形とか。そういうのを見ているだけでも凄い話で、普通は見ない。家があるという程度。しかも背景の中の背景のようなもの。
 だが、それも含めての町並み風景。
 部屋の中は虫以外は殆どが人工物。それはそれでいいのだが、やはり同じ場所。だから、外に出たい。散歩に出たい。
 篠原は決心し、雨が降っているが、出ることにした。風景禁断症が出るためだ。
 いつもの散歩コースに出たが、やはり雨だと風情が違う。空気も違う。
 少し濡れたが、戻ってからはスッキリとしたので、仕事を続けた。
 
   了




2021年9月11日

小説 川崎サイト