小説 川崎サイト

 

鬼の牙


 城下外れに町家があり、さらにその外れに武家屋敷が点在している。武家屋敷は城に寄り添うようにあるのだが、別宅のようなもの。留守番だけがいる屋敷もある。
 下田家の屋敷もそこにあるが、周囲はもう林や田んぼが迫っている。これは人が住んでおり、主がいる。下田家の隠居だが、まだ若い。
「室田は最近姿を見せぬようじゃが、何かあったのか」
 下田は御用人に聞く。まだ若い。
「あの御浪人ですか。そういえば姿を見せません。ここ十日ほどは」
 下田は世間の様子を知りたいので、その浪人に出入りを許していた。
「御仕官なされたのではありませんか」
「それなら挨拶に来よう」
 浪人の室田は、下田がいないときでも座敷に上がり、軽い接待を受けていた。だから、飲みに来ているようなものだ。
「三日に一度は来ていたように思われます。何か用でもできたのでしょう」
「城下の商家で居候をしていたと聞いたが」
「用心棒です」
「鳴門屋だったな」
「詳しいですねえ」
「そういう話をしていた。漬物屋だ」
「しかし、どうして我が家に来るようになったのでしょうか」
「城下で串を買っているとき、知り合ったんじゃ」
「串。そんなものが必要なら、私が買い求めてきますが」
「いや、竹串の長いやつでな」
「編み物針ですか」
「まあ、そのようなものじゃが、鬼の牙と呼ばれる凶器じゃ」
「物騒な」
「ただの串では駄目でな。加工を施さないと、それに持ち手も必要で」
「鎧通しのようなものですか」
「それの細いタイプじゃが、串にしか見えないのがいいのじゃ。そういう話を室田とやっていた。その手の話にに詳しい男でな。もっと話を聞きたいと思い、屋敷に連れてきた。それが縁じゃ」
「その串は、ここにあるのですか」
「鬼の牙か」
「はい」
「それは秘密じゃ」
「そうなんですか」
「室田が言うには、そこに呪文なりを入れるといいらしい。そして口外してはいけない」
「いま、していますが」
「そうだな」
「しかし、あの御浪人、どうして姿を見せなくなったのでしょう」
「まだ、十日じゃ、そのうち現れるじゃろ」
「鬼の牙を何処かで使われたのではありませんか」
「そうかな」
「さあ、そんな気が、いま、しました」
「もし鬼の牙を使ったとしても、病死にしか見えぬと聞いておる」
「大殿も、それをお持ちで」
「持病か」
「いえ、鬼の牙です」
「隠居の身、使う相手もおらんじゃろう」
「そうですね」
 
   了

 


2021年9月14日

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