小説 川崎サイト

 

魑魅魍魎街道


「曇ってきましたなあ」
「これはひと雨来ますよ。黒い雲が近付いて来てます」
「秋晴れが続いていたのじゃがのう。まあ、このあたりで崩れても悪くはあるまい」
「この先の渡し場、大雨が降ると渡れません」
「小雨ならいいのじゃが」
「雨よりも水かさでしょ」
「どうなされます」
「渡し場の宿は嫌じゃ」
「待ち人が多いと相部屋ばかり、あまり居心地は良くありませんよ。私ら町人ですし」
「じゃ、川を渡らず、下流へ向かうか」
「そちらの街道は危険です」
「物盗りが多いか」
「いえ、出ます」
「化け物か」
「魑魅魍魎です」
「何で」
「さあ、奴らに聞いてみないと分かりませんが、出やすい場所のためではないでしょうか」
「うむ」
「道は曲がりくねり、繁みが多く、昼なを暗き場所もありますから」
「高い木が多いのかな。しかし、出やすいから出るとは如何なものかな」
「さあ」
「この分だと、渡し場に着く頃にはもう雨になっておろう。黒雲の通り道じゃ。雑魚寝は嫌じゃ」
「じゃ、下流へ向かう化け物街道にしましょう」
「そうしよう」
 いかにも何かが出そうな細い道。裏街道と言うより、ただの枝道で、下流にある城下に出る間道。そこは小さな城下町で、宿屋も多い。寺もあり、そこに泊まることもできる。
 二人が化け物街道に入ったとき、すぐに化け物が現れた。しかし人間だ。街道を抜けてきたのだろう。怖い顔をしている。
「出ましたかな」
「はい、恐ろしや恐ろしや、二度とこの道は通るまい」
「で、何を見られたのですかな」
「さあ」
「実際には見ていない?」
「まあ、そうですが、身震いしました。寒イボがほれこの通り、まだ立っております」
 その人は、早くここから離れたいのか、立ち去った。
「これは本当に出そうですね、旦那様」
「何が」
「だから、魑魅魍魎ですよ」
「目を閉じていこう」
「それじゃ、歩けません」
「たまに目を開ければいい」
「はい、そうしましょう。見てしまうと、怖いですからねえ」
 二人は目を開けたり閉じたりしながら、進んでいった。実際には閉じている時間の方が長いだろう。
 しかし、妙な音が聞こえだした。
「鳥じゃろ」
「節があります。あんな鳴き方はしません」
「聞かなかったことにしよう」
「はい」
 次は、何かに触れられたような感触を感じた。
「いま、触ったか?」
「旦那様にですか。いいえ、触っていません」
「そうじゃな、お前は前を歩いておる。私はその後ろじゃ。背中をお前が撫ぜられるはずがない」
「そうですとも。枯れ枝でも落ちたのでしょ」
「そうじゃな」
 二人はそうやって魑魅魍魎街道をやっと抜けた。その先は道も明るくなり、広くなり、木々の隙間から城下が見える。
 道は下り。上に黒雲もない。
 二人は城下へ降りていったのだが、いくら降りても、辿り着かない。
 下っても下っても標高が同じなのだ。
「旦那様、これは」
「ああ、やられたようじゃな。まあ、もう少し下ってみよう」
「はい、そう致しましょう」
 やがて、標高が下がりだし、城下手前の田園風景が見えてきた。
「旦那様。ここは本当に牧野様の御城下でしょうか」
「そのはずじゃ」
 二人は半信半疑で城下へ入っていった。
 確かに牧野家の城下町で、間違いはなかった。
 
   了

 


2021年10月2日

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