小説 川崎サイト

 

妖怪博士の月参り


 妖怪博士はその月も平田氏宅を訪ねた。妖怪が出る屋敷で、毎月、それで様子を見に行く。見ているだけではなく、御札などを貼り替える。いいお得意様だ。
 小さな柿の実がなっている。大きな柿はまだ早いのだろう。どちらもまだ葉が豊富で、その隙間から実が確認できる程度。だから目立たない。葉が全部落ち、柿色の柿の実だけになると、もの凄く目立つだろう。そこに秋の夕日が差すと絶妙な照明効果で、この世の風景とは思えないほどになる。
 しかし、あくまでもこの世のものだ。幻覚ではなく、誰が見ても柿は見えるだろう。
 平田邸にも柿の木があり、小さな実がなっているがまだ青い。それ以上大きくならないタイプで、まん丸な柿だ。
 妖怪博士はそれを見ながら塀を開け、庭に回って縁側に出る。
 妖怪博士が来る日や時間が決まっているので、塀も開け、庭への木戸も開けていたのだろう。
 妖怪博士が縁先にいるのを見て、平田氏はすぐに用意していたお茶を出す。いつもは紅茶なのだが、その日は煎茶。
「どうですかな、妖怪は」
「お陰様で出るのが減りました。まあ、いずれにしても僕の幻覚なのですがね」
「最近はどういうのが出ますか」
「いや、もう具は出ません。影ぐらいとか、気配程度で。博士の護符が効いているのでしょう。毎月毎月御札を貼り替えに来てもらっただけのことはあります」
 その御札。期限はないとされているが、一応一年。これは札売りの婆さんが言い出したことで、そうでないと、一度売れば終わってしまう。だから、実際には毎月貼り替える必要はないのだ。婆さんの言う通りなら年に一度でいい。
 妖怪博士もそのつもりだったが、平田氏は月一がいいらしい。まるで月命日の月参りだ。
 平田氏は現役時代、商社マンで、海外にいることの方が多かった。しかし、退職してからは、もうそんな縁は切れ、ただの人になった。
 訳あって一人暮らし。商社時代に知り合った外人から洋館を買った。そこで気ままな暮らしで平穏そのものだが、妖怪が出る。
 妖怪は洋館から湧き出るのではなく、平田氏が沸かせているのだ。洋館に秘密はない。
 妖怪博士の考えでは、具体的な形となって出たときの姿からインドネシア系ではないかと推測した。平田氏は二年ほどそこにいた。
 だから日本でいえば妖怪だが、インドネシアでは何と呼ぶのかは分からないが、魔物には違いない。それが平田氏と一緒に海を渡ってやってきたのだろう。
 その妖怪、平田氏に幻覚を見させる。だが、じっと平田氏に憑依しているわけではなく、抜け出して屋敷内で遊んでいるようだ。
 これが妖怪博士の筋書きで、実際には全く違うものが屋敷内にいるのかもしれない。
 お茶請けは、もらい物だという柿のシャーベット。これが非常に甘い。当然口の中ですぐに溶ける。お茶請けとしては、この季節、丁度かもしれない。お茶の熱さ、シャーベットの冷たさがほどいい。
 その日も妖怪博士はお札を貼り替え、平田氏得意の経済の話となる。妖怪博士は頷く程度で、あまり口を出さない。平田氏からお経を聞いているようなもの。話の筋が分からなくなり、曖昧になりだしたとき、眠くなるが、この恍惚感がいいようだ。
 読経後「もう出ないようなので、今月で終わりにしましょうか」と妖怪博士が訊ねる。お経を聞くのが嫌なのではない。
「いや、それで一度辞めたことがあったでしょ。その次の月、ウジャウジャ妖怪が出ました。だから、毎月お願いします」
 妖怪博士は一寸ほっとした。ここへ来るのが好きなのだ。
 そして帰り際、庭を横切るとき、先ほどの柿の木を見た。入るときは青かったのだが、柿色になっている。
 まだいるようだと、妖怪博士はぞっとしたが、別の柿の木だったので、ほっとした。二本あったのだ。
 
   了


 


2021年10月3日

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