小説 川崎サイト

 

オーケイメード


 竹田は自分の研究はそのままにして、本を多く読んでいる。講座にも通ったり、ネット上の講演や講義なども見ている。
 それで、研究室に来ても、大人しい。いつもなら上司に話しかけるのだが、それもない。といって自分の研究に没頭しているわけでもない。真っ白なレポート用紙を、じっと見ている。
「どうかしたのかね、竹田君。えらく大人しいよ。いつもの竹田君らしくない。新たな研究テーマを見付けている最中かね。それで思案中なのかね」
「よく分からなくなりました」
「いつもじゃないか」
「いままでにもまして」
「ほう」
「多くを学びすぎました。どれが良いのか、どの人の話が良いのか、どの手法が良いのか、迷うところです」
「じゃ、どれも駄目なんだね」
「いえ、どれも良いのです。しかし、相矛盾します。だから一つに絞らなければならないので、それを考えている最中です」
「たしかに世の中には凄い人がいるし、凄い説もあるし、凄い考え方もあります。また遠い昔の人も未だに現役のように影響力を与えるもの。数えきれないほどいる。しかしですね、竹田君」
「はい」
「それらは、それらの人の考えなのです。その人だからできたことなのです。真似ても真似られません」
「それは分かっています」
「その人、一人にしか当てはまらないのです」
「他の人にも当てはまると思いますが」
「だから、まあ、いつまで残るのでしょうねえ」
「それよりも、どれもこれも良いので、混乱します。どれが僕に合っているのかも分かりません。全部合っているようで全部合っていないような」
「それは竹田君のものではないためでしょ」
「はい」
「オーダーメード」
「スーツなんかを身体に合わせて作ってもらうのですね」
「それを自分で作りなさい。下のカッターシャツもね」
「そのつもりで色々学んでいるのですが、余計に離れていくようで」
「ですから、竹田君に合っていないのですよ。自分に合わせなさい」
「そうですね」
「それで次の研究テーマはまだ決まらないのですか」
「探している最中です」
「いつもなら、すぐに、とんでもないことをやりはめるのに、今回は立ち上がりが遅いですねえ」
「経験から学んだので」
「そんなもの、学ばなくてもよろしい。いつもの君らしく、ただの思い付きだけでよろしいから、さっさと始めなさい。研究テーマなんて実は何でもいいのですよ」
「分かりました」
「決まりましたか」
「すぐに決まりました」
「早すぎるよ。考えたのかね」
「はい」
「言ってみなさい」
「学ぶとは何か、です」
「それは基礎研究として、実に良い。やりなさい」
「本当ですか。いま、思い付いただけなんですが」
「それが竹田君らしくていい」
「オーケイメードですね」
 
   了




 


2021年10月10日

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