小説 川崎サイト

 

正邪の対決


 青雲の志を懐いた人や、暗雲の志を懐いた人がいる。どちらも起ち上がりは違うが、その後は、似たようなものになる。
 暗雲の志、これは暗い。根の暗さが先立つのだが、それもやがて明るさを増し、それほどの暗さではなくなっている。世間に出ると均されるのだろう。暗いばかりではやっていけないため。
 逆に明るく元気な青雲の志の人も同じことで、これも均され、平均的なものになる。標準的な。
 しかし、どちらも起ち上がりの志は忘れていない。何処かで出そうとするのだが、結構恥ずかしい。しかし、根強くそれは持ち続けており、違った形で発揮するようだ。
 この二人が、あることで出合い、そのことについて話す機会があった。明暗、陰陽、両極端にいた二人だが、今ではそれは笑い話。
 しかし、一方は何事にも肯定的で、一方は否定的なのは変わりはない。しかし、大した違いはなかったりする。やっていることは、考えとは違う、ごく標準的な常識人のそれ。そうでないと生きていけなかったのだろう。
 世間に出れば、そのことで、ギクシャクするので、それが面倒になり、青臭いことは、奥に仕舞った。
 しかし、封印したわけではないし、見えないところに仕舞い込んだわけではない。極めて軽く扱っているだけ。
「人間なんて大した違いはないですねえ」
「そうですねえ。確かに違いはありますが、そんな大袈裟なものじゃない」
「それに気付いたのはいつ頃ですか。青雲の志を懐いてからどのあたりの年に」
「忘れました。いつの間にか、そう思うようになっていたので」
「ああ、私もです」
「しかし、あなたは暗雲の爆弾がまだあるのでは」
「そういうあなたも青雲の爆弾が」
「そうですね。私は正義の味方で、あなたは悪の権化」
「でも、同じものだというのが何となく分かりました。もの凄く正義感の強い邪悪な人もいますからね。正義もやり過ぎれば邪悪になる」
「そうですね。悪人もついつい仏心を出し、失敗します」
「私達は相容れないはずなのですが、こうやって合っている」
「仕事ですから」
「そうですね」
 
   了


 


2021年10月12日

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