小説 川崎サイト



飛び出し少年

川崎ゆきお



「また会ったね」
 僕は声の主を探した。
「ここだよ、ここ」
 僕は振り返ったり、上を見たり、地面を見た。
「目の前にいるよ」
 語り掛けてきたのは絵だった。
 飛び出し注意のパネルだった。人型にくり抜かれた絵の少年が話し掛けてきたのだ。
「さっきから何度も、ここを通ってるね。何か探し物?」
 そう聞かれると何かを探していたように思う。
「最近、毎晩ここを通ってるね。夜中の一人歩きは危険だよ。探し物があるなら協力するよ」
 僕は飛び出し少年の言うように、何かを探しているに違いない。
 でも、何を探しているのかが思い出せない。
「身体を探しているんだろ?」
 そう言われると、そんな気もする。
「おいらには君は見えるけど、他の人には見えないと思うよ」
 僕は自分の手を見た。
 手は見えた。
 足元を見た。
 足は見えるし、靴も見えた。
「君がおいらと話せるってことは、君はもう普通じゃないってことだよ。君はきっと事故に遭ったんだ。そして死んだ。今の君には身体はない。だから探しているんだ。君の探し物は、失った身体だよ」
 この飛び出し少年の絵は、きっと飛び出して事故に遭った子供が憑いているのかもしれない。
 僕は交通事故に遭った記憶はない。
「身体を探していないのなら、何を探しているの?」
 確かに何かを探していた。
 今、思い出せないのは、きっと大した用事じゃないのかもしれない。
「ねえ、行っちゃうの? 成仏しないと、おいらのようになるよ!」
 僕はやはり死んでいるのだろうか?
「あの世へ行きたいなら、この先の古墳前の祠へ行きな。そこで立ってりゃ、迎えの人が来てくれるからね。おいらはここに残って、祟ってやるんだ。でないと気が済まないからね。君はそんな気はないと思うから、さっさとあの世へ旅だった方がいいよ」
 僕は古墳前の祠へ行くことにした。
   ★
 古墳は公園になっていた。
 そこに何人もの子供達が集まっている。
 小さな祠の前に、ホームレスのような老人が立っている。
 祠の扉は開いている。
 その中へ子供が入って行く。
 集まっている子供達は、その順番を待っているようだ。
 僕は一番後ろに並んだ。
 その祠はあの世に繋がるトンネルかもしれない。
 老人は子供の背中を押している。
 小さな祠に次々と子供が入って行く。
 やはり、あっちへ繋がっているのだ。
 そして僕の番になった。
 老人は機械的に僕の背中を押した。
   ★
 僕は暗いトンネルの中を歩いていた。
 僕は探し物のことも忘れ、そして僕自身のことも徐々に忘れていくのを感じた。
 
   了
 

 

          2003年10月22日
 

 

 

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