小説 川崎サイト

 

卵を産む男

川崎ゆきお



「そおっとすべきだったかもしれません」
「どうかしましたか?」
「いつもと違う刺激を与えたのがいけなかったのかも…」
「それは強い刺激でしたか?」
「日常範囲内です」
「よくある刺激ですね」
「そうです。しかし彼はしばらくその刺激には触れていないかも」
「それで様子が変わったのですね」
「卵を産まなくなったニワトリのような感じです」
「そのうち産むでしょ」
「それより、余計なことをしたようで、後悔しています」
「たまには外圧も必要でしょ。それが日常というものです」
「彼の日常は狭められているようです。うんと狭くなっています。今までよくあることでも、滅多にないことに」
「それでパニックに」
「そこまで重くはありませんが、興奮しているようです」
「自然に鎮まるでしょう」
「そうあって欲しいですが、あの程度の刺激で動揺するとは思いませんでした」
「国内旅行と海外旅行の違いのようなものでしょ。今はどうしていますか?」
「彼ですか?」
「他に誰がいるのかな?」
「そうですね。僕まで動揺しているようです」
「で、どうしてます?」
「様子は落ち着いていますが、卵を産まないのです」
「じゃ、落ち着いていないじゃないですか?」
「見た感じは落ち着いているんです」
「でも、卵を産まない」
「はい」
「しばらく様子を見ましょう」
「すみませんでした」
「何事も経験だ」
「でも、卵を産まなくなれば」
「冷たいようだけど、用はなくなるね」
「用無しですか」
「彼に価値があるのじゃない。卵に価値があるんだ」
「でも彼がいないと卵も産みませんよ。あの卵を産む人間を捜すとなると一苦労です」
「だから、しばらく様子を見るといってる」
「お願いします」
「それで、どんな刺激を与えたのかね」
「それはちょっと言えません」
「まあ、詳しくは聞かないが、彼にとっては日常ではなくなっている可能性があるから、注意してね」
「はい」
 
   了


2007年10月03日

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