小説 川崎サイト

 

ノイズ


 吉田は少し難しい本を読んでいたのだが、要領を得ない。言葉遣いが古いためか、意味が分からない。旧漢字で、見たことのないような文字。これは一度か二度はあるはずだが、文字として認識できないので、覚えていないのだろう。
 それで要約したものがあるので、それを読む。すると、やっと何を言っているのかの大意が分かる。明解だ。
 しかし、何かが抜け落ちている。それは難しい本の作者のものの言い方とか、言葉遣いとか、いわばノイズのようなものが消えている。翻訳本だが、文章にそれなりに人柄のようなものが出ていた。
 ああ、こういう言い方、物言いをする人がいるなあと、吉田は知り合いの顔を思い出す。ああ、このタイプの人だったのかと。
 そちらから入った方が理解が早かったりする。人相があるように文体のようなのがある。
 これで手書き文字なら、もっと分かりやすいだろうが、ラテン語で書かれている。だから筆跡では比べるものがないので、分からない。
 日本語の手紙なら、文字の太さや、筆圧や、形などで、性格が分かったりする。意外と本人の人相とはかけ離れた筆跡だったりする。絵なら、もっとダイレクトにその人の実体さえ分かるほど。
 さて、ノイズのない要約ものだと、その難しい本の作者の息遣いなどが分からない。これは表情に近い。何か力を込めて、そこは言っているなあとかが分かる。これはリアルで合った人なら仕草や顔色や声の高さや大きさなどで分かる。
 また、大事な言葉は、丁寧に発音したりする。また贔屓している人の名を言うとき、優しく発音したり、丁寧に発音したり、また尊敬を込めて大事に発音していたりする。
 それで吉田は要約本を辞め、翻訳本に戻った。作者と一緒にある時間を過ごすことになるのだが、読み飛ばせば早くなるが。
 それで、読んでいるうちに、この作者が何を気にしているのかが、何となく分かってきた。その内容はよく分からないが、どの方面のことなのか程度は分かる。
 これだけでも、この作者の狙いとか、的とかが、おぼろげに見えてきたりする。似たようなことをくどく繰り返したりする。そのあたりが臭い。何かありそうだと分かる。何があるのかまでは分からないが、そんな空気がある。
 吉田は、その著者の主旨が知りたいのではない。それは既に分かっている。それを書いた理由も知っているし。それがどうなったのか、までも知っている。読んでも新たな知識など得られないだろう。だから、知識を得たいわけではない。
 情報ではなく、ニュアンスを知りたいのだ。語っていることの裏側を推し量るとかではない。その雰囲気や、気分的なものだ。
 だから中味はどうでもいいというわけではないが、読んでいて良い気分になれば、作者との相性がいいということ。
 そして伝わってくるものは、要約ものに乗らないノイズ。ここが実は美味しい。これは本を読む目的とは違うかもしれない。
 吉田はそう思いながら、その作者としばらく付き合ってみることにした。別に読まなくてもいい本なので、そんな読み方ができるのだろう。
 
   了

 


2021年10月20日

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