小説 川崎サイト

 

不自由人


 自由はいいのだが、責任を取らなくてはいけないらしい。それは嫌なので、不自由がいい。しかし、不自由な中にも多少の自由さがある。責任を取らなくてもいい自由度が少しはある。こちらの方がいいのではないかと田中は考えた。
 自由なのはいいのだが、際限がない。自由になった瞬間、また不自由なものが全面にあったりする。それらにいちいち責任など取っておれば、自由をやるよりも、責任取りの時間が方が長く、そして手間取り、また責任を取り切れなくて、いつまでも残ったりする。と田中は考えていた。
「また、セコいことを」
「いや、いいことが先にあるより、面倒なことを作りたくないだけさ。それにがんじがらめに縛られているわけじゃないから、縄目はゆるい。簡単に外せたりするんだけどね」
「田中君、君には将来のビジョンはないのか」
「平穏に暮らせればそれでいい」
「そんな年寄り臭いことを」
「でも、自由に好きなことをやれば、平穏さも損なわれるんだ」
「じゃ、あるんだ。そういうことが」
「範囲内でね」
「何の」
「一人ですむ話。お金もそれほどかからないことで」
「その規模内での好き放題かい」
「好きなことって、その程度の量でしょ」
「量」
「全部が全部、好きなことだらけの一日なら多すぎて、かえって面倒だよ。さばけない。身は一つ。時間も有限」
「君は、自由人なのか、不自由人なのか、どちらだ」
「さあ、そんな地底人か海底人かのような分け方はおかしいよ」
「いないって、言うことかな」
「だろうね」
「僕は自由になりたい」
「それは逃げたいんでしょ」
「何から」
「現実から」
「ほう」
「現実がそれなりに充実しておれば、自由なんて求めないよ」
「おお、田中君、君は何歳だ」
「まあ、そんなことを考えるのは、若いうちだけさ」
「そうかな」
「ところで、田中君、今日はそんなことを話しに来たの」
「そうだよ」
「それって、意外と自由なんだろうねえ」
「君、相手なら、言ったことにいちいち責任は取らないから、自由に話せる」
「僕にはそんなことはできない。自分で言ったことには自分で責任を取る」
「誰に叱られるの」
「自分自身にさ」
「偉いなあ」
「まあね」
 
   了


 


2021年10月24日

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