小説 川崎サイト

 

お見事


 子供の弟子を取った田村は武術の使い手。大きな道場を持っている。彼に敵うものは当然いない。しかし、広い世の中なので、いるだろう。
 田村は、その少年に見込みがあると思い、内弟子とし、本宅に住まわせた。田村の私邸だ。武家屋敷だが、田村は藩から見れば浪人。しかし、田村は武家であり、武家育ち。事情を話すと、開いている屋敷に入れた。門弟の中に高い身分の藩士も多かったので。
 田村家は長い間、放浪していたようなもの。仕えていた藩がお取りつぶしになったため。
 しかし、武術家の田村が家を復興させた。弟子の数が多く、これは藩内での一つの勢力ともなっている。
 だが、そういう話ではなく、田村と少年との話。
 田村は少年に「隙あらばいつでもどこからでもかかってこい」と言った。これで、少年は常に田村を狙うことで充実したかもしれない。目的があると神経も研ぎ澄まされる。
 それで、少年は隙を窺っていたのだが、近付けば、もうそれだけで分かってしまい、竹刀を打ち込めない。木刀ではなく竹。やはり木刀では怪我をするためだろう。相手を倒すのが目的ではなく、勝敗を決めるのが目的。
 少年の朝は遅い。日が昇る前に起きるのだが、田村は暗いうちから起きている。そして井戸で水浴びをする。
 少年は夜が早い。田村の寝込みを襲う時間にはもうとっくに尻の穴を三角にして寝ている。
 だから、朝しかない。
 それで、少年は早起きし、毎朝田村の様子を窺った。やはり水浴びしている最中がいい。特に頭から水を被るとき、誰かが近付いても分からないような気がする。
 または、最初に水が身体にかかる瞬間だ。あとは慣れるだろうが、最初はこの時期なら冷たいだろう。神経はそちらへ行っているはず。
 そして、少年は井戸と物陰の一番近いところを探す。すると、井戸の裏側の繁みが近い。しかし、田村はそちらに身体を向けているので、水浴び前に気配で分かってしまうだろう。
 やはり少し遠いが、背後からがいい。
 そこまで調べ、いよいよ決行することにした。
 最初に水を掛けるときではなく、頭から水を被る前を狙った。これは目をつむるはず。耳も聞こえないのではないかと思われる。
 そこまで考え、田村の水浴びの順番とかを調べた。頭から水を浴びるのは、三度目の桶。一度目の桶の水は左肩から浴び、二杯目の桶の水は右肩。そして頭からは三杯目。
 さらに、どのタイミングで繁みから出て詰め寄るかだ。これは田村ほどの達人なら気配で分かってしまうかもしれない。だから、やはり頭から水を被った瞬間、走り寄ればいい。
 決行の朝、少年は一睡もしていなかった。興奮して眠れなかったのだ。
 そして、計画通り、田村が頭から水を浴びる瞬間、さっと飛び出し、竹刀で右肩を突いた。これは頭だと命中しにくいと思ったので背中を狙った。右肩だったのは田村が動いたため。竹刀で撫ぜ斬るよりも、突く方が早いため、突きを選んだ。
 田村は「お見事」と、少年を褒めた。
 少年は大人になり、師範代になった。今では田村の右腕だ。一の家来と言ってもいい。
 ただ、武術そのものは寸止まりで、大して強くはなかったらしい。
 
   了

 


2021年10月26日

小説 川崎サイト