小説 川崎サイト

 

炭焼き小屋の与助


 藩内で改革がなされ、悪家老は引退した。切腹とか、追放とかではなく、結構軽い。誰も血を流さない改革。要は悪家老の私欲が問われ、不公平なことが行われていた。賄賂とかだ。
 しかし、それを受け取っていたのは悪家老一人ではない。藩の重役達の中で、悪家老派全てそうだった。そのため、一掃された。
 若くて、いい家臣がいたのだろう。隅に追いやられていた重臣や若い役人がそのあとを継いだ。賄賂のあとを継いだのではなく、藩の切り盛りを。
 これで、この藩はスッキリとした。殿様はそんなことはあまり関心がない。家来に任せている。その能力はあるかもしれないが、家臣団の力の方が大きい。
 そういう上の方の話ではなく、炭焼き小屋の与助の話。
 食えなくなった。この与助は流れ者で、藩内のどの村でも折り合いが悪く、長く住めなかった。
 それを助けたのは例の悪家老。といっても何かをしたわけではなく、空いている炭焼き小屋と、その周囲の畑を与えた。庄屋から聞いて、そうしなさいと言っただけ。悪家老だが、悪意も善意もない。
 その炭、藩が買い取っているが、ここで悪家老が儲けている。相場よりもかなり高い値段を藩は支払っているが、実際は相場より、少し高い程度。
 悪家老は空いている炭焼き小屋があるのに誰も炭を焼いていないのはもったいないので、誰でもいいので、住まわせた。それで炭が多くできる。
 庄屋は与助に住まわせた。村内ではいざこざが多いが、山の中なら、それはないので、山へ追い出したようなものだ。
 しかし、与助は喜んだ。意外と住み心地がいいらしく、村人相手の煩わしさがない。米は作れないが、野菜程度は作れる畑があるし、山の幸もある。
 米は、炭の代金で、買えた。
 ところが、悪家老が引いたので、その関係が消え、正式に藩が買い取ることになる。与作も入札のようなものに加わったが、その資格がないとか。
 また、勝手に炭小屋に住んでいることを問われた。
 それで、与助は、そこにはいられなくなり、炭焼き小屋を出た。そして、面倒を見てくれた庄屋に別れの挨拶をした。
 庄屋も、うまい汁を吸っていたのだが、炭に関しては手を引いてしまった。そして炭小屋を与助に与えたのは実は悪家老だと言うことだけを伝えた。
 与助は、最後に、その悪家老屋敷を訪ねた。既に隠居しており、別の屋敷に住んでいる。
 与助は悪家老と会うのは初めて、悪家老は与助のことなど知らない。炭焼き小屋を与えたことも忘れている。悪いことばかりしていたので、いちいち覚えていないのだ。
 実際にはその炭焼き小屋は隠し田のようなもの。山中にあるので、最初から隠れた場所にあるのだが、煙が登るので、すぐに分かるが。つまり藩の定めた範囲外のもの。
 悪家老は家人から、与助が来ていることや、その事情などを聞くと、行くところがないのなら、この屋敷で小者として用いてもいいと言った。
 与助は、悪家老の噂は聞いていたが、噂とは違っていた。
 与助にとってはいいお侍さんだった。
 
   了

 


2021年10月27日

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