小説 川崎サイト

 

才能伝説

川崎ゆきお



 稀にみる才能を持ちながら世間の片隅に住んでいる男がいた。
「竹田という男です。三十過ぎで独身」
「人材は欲しいが、こちらから来てくれとは言いにくいね」
 人事部長は乗り気ではない。
「どうして優れた人材だと分かったのかね」
「大学での先輩です」
「就職先でも頼まれたのかい」
「頼まれていません」
「じゃ、君の推薦か」
「竹田さんが大学院を卒業し、そのままどこにも所属していません。彼の才能を活かすべきかと」
「どんな才能なんだ?」
「参謀です」
「うちは軍隊じゃないよ」
「軍師です」
「だから、戦争はしないって」
「知恵者です」
「それは、どこで分かるんだ」
「あの大学にいた者なら誰でも知ってますよ」
「そんな伝説の人物が本当にいるのかな」
「いたんです」
「それは、キャンパスの温室の中での話だろ」
「そうかもしれませんが」
「で、どんな伝説を作ったの?」
「教授の持論を論破しました」
「それは学問上での話でしょ」
「大学祭をまとめ上げました」
「一般社会ではどうなの?」
「卒業してからの噂はありません」
「じゃ、通じなかったということだよ」
「試すような組織に加わっていないからです」
「どうして世間に出ないの?」
「組織が嫌いなんです」
「そんな人間は雇えないよ」
「惜しいです」
「そんな人材ならいくらでもいるよ」
「彼は特別です。底知れないほど賢いです」
「それは、言い過ぎじゃない?」
「しかし…」
「実績のない人間を噂だけで優遇するわけにはいきませんよ」
「残念です」
「実績を積んだ参謀でもうまくいかないのが現実なんだ。そんな大学の軍師など、青い青い」
「分かりました」
「社会を動かしてるのは僕らのような凡人だよ」
「だから、分かったって言ってるでしょ」
 
   了


2007年10月04日

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