小説 川崎サイト

 

友柿


「今日はいい晩秋ですなあ。風も穏やか、それほど寒くなく、いい感じですよ」
「晩秋にはまだ早いですよ」
「そうですかな」
「まあ、どちらでもいいのですがね、もう秋半ば過ぎましたから、晩秋と言っても問題はないけど」
「えらく、拘りますねえ」
「いえ、晩秋という言葉を聞いて、ああ、もうその季節か、それは少し早いかもと、思っただけですよ。これは私の問題ですよ。あなたの問題じゃない」
「えらく、拘りますねえ」
「拘っていませんよ。ただ、感想を述べただけ」
「もったいぶった言い方ですねえ、あなた友達が少ないでしょ」
「いません」
「私も同じだ。でも、いないと困ることがあったりしますよ。遠足に行ったとき、一人で隅っこの方で弁当を食べないといけませんからね」
「私は誰もいないところに隠れて、母が作ってくれた巻き寿司を囓りました。行楽では我が家では巻き寿司なんです。一人一本。太いですから、二本は無理です。いくら食べ盛りの子供でも」
「巻き寿司ですか。それは分からない」
「え、何が分からないのですか。理解できませんか」
「いえ、普通の手作りの弁当なら、差が出ます。私の母はそう言うセンスがないので、覗かれると恥ずかしい。派手に見せるため、鰹節や色が派手なふりかけで誤魔化していましたが」
「表面処理ですね。中はない」
「まあ、日の丸弁当よりもましですよ」
「ああ、弁当が四角くて、その比率が旗に近い。その真ん中に真っ赤な梅干し。まさに日の丸。意外とそちらの方が差が出ないのではないでしょうか」
「いや、その弁当箱はご飯専用で、おかず入れがあるはずでしょ。それがない。まあ、おかず入れがあったとしても中味がちくわとコンニャクでは何ともなりませんがね。また汁が垂れてきて、包んでいた新聞紙の色が変わったりします」
「懐かしいですね。もう忘れたような昔の話ですよ」
「私は昨日のことのように思われます」
「あなた、結構お話しが上手い。友達ができるでしょ」
「いえ、惨めな話専門で、暗い話なら雄弁なのですが」
「ああ、なるほど」
「しかし、紅葉シーズンはまだ早いのに観光客が多いですねえ」
「私達もそうですよ。そう思われています」
「やはり晩秋でないと紅葉はまだ早いのかもしれません」
「まあ、晩秋にも幅があるのでしょ」
「そうですねえ」
「葉が全部落ちてしまうと、秋は終わり。冬です」
「柿がねえ、気になります。葉が全部落ちて、もう柿も落ちて、残っていない。鳥ももう来ない。しかし、一つだけ高いところに落ちないで残っていることがあるのです。残り柿です。これは縁起が良い。流れ星に願いを掛けるように、その残り柿に願掛けします」
「あなた、友達がやはりできないでしょうねえ」
「はい、お陰様で」
「まあ、その方が自由だ」
「仰る通り」
 
   了

 
 



 


2021年10月31日

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