小説 川崎サイト

 

雇兵の郷


 才谷郷。一見長閑な山間の村々がある場所。山は深いが多くの人々が住んでいた。そして、どの家も大きい。
 この村々は何処にも所属していない。
 村里を訪れた行商人は、ああ、そういうことになってしまったのかと、すぐに合点した。女子供、それと年寄りしかいない。
 ここは軍事村。雇兵の里なのだ。その総数、数百というのだから、一つの勢力だ。しかし、それを食わすだけの田畑はない。それでもやっていけるのは、始終出払っているため。
 その行商が前回訪ねたとき、男達は訓練をしていた。どの家も金持ちで、装飾品などがよく売れた。
 谷間に点在する村々を牛耳っている郷長はいるが、これは、この一帯を治めている領主に仕えている。そこの家老だ。いわば重臣。だが、家来ではない。
 その領主、引坂家は、才谷郷の力が欲しい。独占したい。戦いの時は、普通の足軽よりも、圧倒的に強い。鍛え方が違うし、装備も違う。
 それで、家老職を与えているのだが、彼らは勝手に他国へ行く。出稼ぎのようなものだ。臨時に雇われた足軽として。
 引坂城は才谷郷を手に入れたいのだが、戦えば負ける。先々代の時代、それはもう諦めた。手に入れても田畑は僅か。割に合わない。
 さて、久しぶりに訪ねたその行商人、年寄りと話しているうちに、出払った男達は全滅したらしいことを知る。
 この時代、そんなことがたまにあり、田畑を耕す者がいなくなるが、女子供や年寄りだけでも、それは何とかなる。
 しかし、今がいい機会ではないかと、行商人は思い付いた。この機会に引坂が攻めれば、簡単に取れる。
 これは手柄になるかもしれないと思い、行商人は引坂城に知らせた。
 しかし、引坂城には才谷の郷長がいる。
 引坂城の殿様は迷った。形の上だけとはいえ家臣だ。別に裏切ったわけではない。
 才谷郷には近隣で最強と言われた才谷軍団は今はいない。簡単に落とせるだろ。そして才谷郷を領地にできる。豊かな地ではないが、年貢が取れるし、木材なども伐採できる。
 殿様は気が進まなかったが、多くの家臣が才谷郷攻めを進めた。
 困ったのは城勤めをしていた才谷郷の郷長。真っ先に殺されると思ったが、殿様が逃がしてくれた。
 行商人は貴重な情報を知らせたので、褒美が貰えるかと思ったが、一文にもならない。
 その行商人、何処で知り合ったのか、野盗の大将のところへ行き、先に才谷郷攻めをするよう勧めた。要するに大きな家ばかりで、金目のものがあると睨んだのだ。
 才谷郷への入口に野盗が到着した。そのあと引坂の兵が来た。引坂軍は野盗を才谷兵だと間違い、攻撃した。
 野盗軍は、そのまま才谷郷に逃げ込んだ。結果的には領主の引坂軍から才谷郷の村々を守ることになってしまった。
 そこで長期戦になった頃、全滅した才谷軍が戻ってきた。雇兵などで、命をかけてまで戦っていない。だから、負けると思い、敗走したのだ。それを全滅と伝えられたようだ。
 才谷郷の入口にいた城の引坂軍は、狼狽した。
 結果的には、才谷郷が野盗に襲われたので、才谷郷を守るための出兵とした。
 野盗達は才谷軍がほぼ無傷で戻ってきたのを知り、山に逃げ込んだ。
 才谷の郷長は、身を潜めていたのだが、もう逃げなくても良くなった。
 城の引坂軍が才谷郷攻めをしたことは知っていたが、自分を逃がしてくれた殿様に恩を感じ、何事もなかったかのように振る舞った。
 城下暮らしで、家老扱い。居心地が良かったのだろう。
 
   了

 


 


2021年11月1日

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