小説 川崎サイト

 

闇に見える

川崎ゆきお



 昼間には見えないものが夜に見えるわけではない。むしろ暗くて見えるものが減るはずだ。
 実はそれが曲者で、昼間は見えているところに別ものが入り込むのだ。
 それは現実の風景ではないことは確かだが、そこから先は個人の領域になる。
 この領域は当然本人にしか分からない。
 では何が見えているのだろう。
 それは目では見ていない光景なのだ。
 その光景は記憶から紡ぎ出される。
 夜の道すがら、そこで見る風景は夜景だ。
 夜景を見ることは昼間の風景を見ているのと同じ意味合いだ。明るい場所か暗い場所かの違い程度で、夜景は見えているものを見ている。
 その視線を見えないものに当てた瞬間、見えていないものを見てしまう。
 これは眠る前、目だけ閉じている時の映像にも近い。
 では何を見ているのだろう。
 記憶を見ているのだ。
「果たしてそうかな」
 西田がそこまで語ったとき、岩谷が疑問を投げかける。
「記憶を見るって、何かを思い出しているだけのことじゃないか。特に語るようなことじゃないよ」
「僕が語りたいのは、夜の闇にロマンを…」
「現実にはそんなロマンなどないだろ」
「だから、断ったじゃないか、個人の世界だって」
「一人でそう思っているだけじゃ、共鳴できないねえ」
「じゃ、夜の香りは嫌いかい」
「嫌いじゃないけど、君の語りは大袈裟なんだ」
「夢は夜開くんだ」
「それは妄想のお時間だろ」
「お時間…」
「どうでもいい時間なんだ。ぼんやりそんなことを思っている時間はね」
「いや、ここに心の豊かさがあるんだ」
「ねえ、西田君。君がどう感じているかは知らないけど、他人が思っている感じは聞き取りにくいものだよ」
「夜の闇にこそ本当の自分があるんだ」
「暗いねえ。それは昼間が不幸だという証拠だよ。どんな生活してるんだ。相変わらず昼過ぎまで寝ているんだろ」
「ま、まあな」
 西田は岩谷と別れた後、自転車で夜道を走った。
 光が届いていない暗部に岩谷の憎々しい顔が何度も何度も写し出された。
 
   了


2007年10月05日

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