小説 川崎サイト

 

藪糞


「寒くなってきましたねえ」
「朝より、昼の方が寒いですよ。気温が下がっている。いつもなら昼の方が高いのですがね」
「やはり、そうでしたか。じゃ、寒くなっているのは確か」
「朝も晴れ、昼も晴れで、天気は同じです。気温だけが下がっています」
「この分だと、夜は冬だね」
「まあ、秋の終わりですから、そんなものかもしれません」
「吉田の気温も下がっている。何とかしないとな」
 つまり、吉田という人の熱気、熱意が下がっているらしい。
「もう少し熱心にやってもらわないとね」
「何かあったのでしょうか」
「これでは、離れていく。何とかしないと」
「去る者は追わずといいます」
「それよりも、何故熱が下がったのだろう」
「本人の問題でしょ」
「我々の企みがバレたのかもしれん」
「それはないかと」
「いや、我々の本心を知って、熱が下がったのかもしれん」
「勘のいい人ですから」
「気付かれたんだ」
「もし、そうだとすれば、如何致しましょう」
「勝手に出ていくだろう。下手に動かない方がいい」
 その後、吉田の熱気とか、熱意とかが上がり、事なきを得た。
「心配しすぎていたようだな」
「そうですねえ。元に戻りました」
 ところが、しばらくすると、熱が上がりすぎ、熱暴走を起こしだした。
「熱心なのはいいが、一寸やりすぎじゃないのか。そこまでやらなくてもいいのに」
「どうしましょう」
「下手に手を出さない方がいい。しかし、あれもバレたのかもしれんよ」
「それはないかと思いますが」
「やけくそになったのかもしれん」
「焼糞ですな」
「困ったが、仕方がない。藪蛇になるので、下手に突かん方がいい」
「藪糞ですな」
「踏むとまずい」
 その後、吉田は普通に戻った。
「戻ったようです。いつもと変わりません。少し熱気が足りないようですが、まあ、普通でしょ、あれで」
「やはり、本人だけの問題で、我々とは関係なかったようだね」
「そのようです」
「安心した」
 その後、吉田は消えてしまった。去ったのだ。
「訳が分からん。何があったのか知りたい」
「本人だけの問題だと思いますよ」
「辞めた理由は?」
「諸事情により」
「曖昧だな」
「人の振る舞いなんて、分からないものですよ」
「そうだな。しかし、分かったことにしたいものだよ」
「そうですね」
 
   了


2021年11月13日

 

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