小説 川崎サイト

 

予知能力


「さっさと済ませて帰りますか?」
「どうかしましたか、僕が何か」
「何となく、そんな気になったものですから」
「何となく?」
「適当なところまでやって、もう終えましょう」
「何か原因でも」
「早く帰った方が良いかと思いましてね。私だけじゃ何なので、一緒に終えましょう。私がいないと、あなたもできないので」
「そうですね。じゃ、僕も途中までにします」
「すみませんねえ。勝手を言って」
「何かあったのですか。急いで帰らないといけないような事情でも」
「特にありませんが」
「はい」
「帰った方が良さそうだと、急に感じただけですよ」
「ここにいてはまずいようなことがあるのでは」
「さあ、それはどうだかはっきりしませんが、帰りたくなったのです。まるで子供ですねえ」
「はい」
「じゃ、切りの良いところまで、やってしまいましょう」
「それじゃ、数分ですみます。ちょうど一区切り前でしたので」
「それはよかった。私なんて、もう帰り支度をしていましたよ」
「そうなんですか」
「気が付いたら用意しているんです」
「何か、特別なことがあるんじゃないのですか」
「はい、終わりました。あなたも早く」
「こちらもすぐに終わります」
「早退に付き合ってもらって悪いですねえ」
「それよりも、何か予知でもされたのですか」
「予知?」
「ここにいてはまずいので、すぐに出ないといけないような」
「いいえ」
「じゃ、何でしょうねえ」
「終わりましたか」
「はい、終わりました。僕は少し後片付けをしてから帰りますので、お先にどうぞ」
「そうですか。じゃ、お先に」
「ここにいてはいけない事情。すぐにでもここを出ないといけない事情、本当は何なのです。言ってもらえませんか、気になって仕方ありません」
「ああ、まだ気にしているのですか。特にないのですよ。ただ、今日はこれぐらいにして、早く帰った方が良いのではないかという気持ちになりましてね。それだけですよ」
「どうして、そんな気持ちになったのでしょうか」
「分かりません」
「待っている人がいるとか」
「いません」
「あ、片付けも終わりました。一緒に出ましょうか」
「そうですか、じゃ、帰りましょう」
「でも、不思議ですねえ。それは何かカンのようなものでしょうか。予知能力とか」
「さあ、何でしょうねえ」
「あ、はい」
 
   了

 


2021年11月26日

 

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