小説 川崎サイト

 

本物の妖怪


 妖怪博士なのだが、あまり妖怪を追いかけていない。妖怪ハンターのようなことはしないのだが、それにしても妖怪が出たのでそれを調べに行くという話がない。
 これでは名ばかりの妖怪博士になるので、それを心配した担当編集者は、このあたりで本物の妖怪談が欲しいと考えた。
 しかし、勝手に作り上げるわけにはいかないし、嘘の妖怪、偽物の妖怪だったと分かると、そちらの方が問題になり、その後、妖怪博士の話に神妙性がなくなる。
 怪異現象などを扱っている関係から、ネット上の掲示板で妖怪談を募集しているのだが、その掲示板、かなり古いもので、長い間更新されていない。書き込む人がいないのだろう。
 妖怪談は別のところからやってくる。手紙とか、メールとか、または直接。
 こういうややこしい話を引き受けてくれる雑誌がほとんどない。それらはネット上に移ったのだろう。掲示板もネット上なのだが、プログラムが古く、パソコン通信時代のものだ。あまり双方向性はない。
 そんなことを思っているとき、珍しく妖怪の話が掲示板に書き込まれていた。妖怪の目撃談である。
 そういうのは以前はよくアップされていたのだが、ここ数年途切れていた。
 神妙性、そういったものは問わないことにしたのは、掲示板が久しぶりに動いたので、これは何かありそうだと編集者は、それを扱ってみることにした。そして妖怪博士の出番となるように。
 編集者はその記事の投稿者にコメントを付けた。つまり連絡だ。投稿者の情報は分かっている。接続プロバイダーとか、OSとかだ。メールアドレスを書く欄はあるが、ほとんど無視されている。書かなくても通るため。
 すると、コメントに対するコメントが付いた。同じ人だと思われるのはアクセスデータが同じためだ。OSのバージョンが非常に古いので、目立ったのだ。
 つまり、取材してもいいと言うことで、そのあと、普通のメールが届き、住所とかが分かった。近くはないが、日帰りで何とかなる距離。
 見た妖怪は何かよく分からないらしい。曖昧だ。見たようにも思うし、見なかったようにも思えるというような逃げ道がある。確実性はないが、妖怪博士なら、そこは上手く料理してくれるだろう。
 それで、投稿者の最寄り駅で待ち合わせることになる。
 当然妖怪博士は引き受けた。どんな妖怪なのかが分からないので、それはそれで楽しみでもある。最初から分かっている場合は、面倒な妖怪だと行くのも面倒になる。
 数週間後、現地集合となったのだが、妖怪博士の出足が悪い。
 寝違えたのか、首が痛い。頭は大きな塊なので重い。気が滅入るので重いのではなく、重量で重い。だから筋を違えると、この重さが効く。
 さらに足の指の腹に豆が出来たのか、皮膚が固まったようなところがあり、歩くと痛い。これは以前からだ。歩きすぎたわけではないが、歩き方が悪いのだろう。
 それで豆をかばうような歩き方をしたためか、膝が痛くなったし、足の付け根も痛くなった。
 その程度なら、問題はないので、約束の時間に間に合うように家を出たのだが、既に晩秋も終わりかけ、冬の寒さになってきた。コートを羽織っているが、それでは寒い。それで、駅に向かう道で引き返し、毛糸のセーターを取りに帰った。足が痛いのに余計な距離を歩くことになるが、時間的には問題はない。かなり余裕を持って出たためだ。
 また依頼人に会う前に、編集者と先に会い、一寸した打ち合わせをしてから、約束の駅の改札前に行く予定。
 それで、毛糸のセーターだが、探しても、ない。何処に仕舞ったのかと、思い出そうとしたが、無理。
 それで、適当に引き出しを開け、探し回ると、やっと出てきた。しかし、ほつれている。切れている箇所がある。何かに引っかけたのだろう。気付かないまま仕舞ったのだろうか。
 コートを脱いだとき、破れているのが丸見え。それで、さっと糸で縫い合わせる。そこは器用だ。
 そして、再び家を出たのだが、今度は杖を忘れた。そんなものを忘れても歩けるのだが、足が痛いので、あった方がいい。それにこれは妖怪博士の武器。棍棒なのだ。魔法使い系の武器は、棍棒と決まっている。刃物は使わない。
 それで、また杖を取りに帰ったのだが、今度は腰が痛くなってきた。足ならかばえるが、腰に来ると駄目だ。
 妖怪博士は担当編集者のスマホへ電話した。行けないと。
 担当編集者はちょうど、乗換駅のホームにいたので、話すことが出来た。
「先生、大丈夫ですか。いいですよ。中止しましょう」
 と、担当編集者は残念がらない。むしろ喜んでいる。助けの舟だと。
 編集者も博士と同じようなことになっていたのだ。駅で飲むコーヒー牛乳が切れていたので、フルーツ牛乳にしたのだが、腹具合が悪くなった。
 さらに靴の中敷きの先の方が破れたのか千切れ、指を置く場所がなくなった。その程度なら問題はない。中敷きなので、なくてもいいのだ。そうなると両方とも外さないとバランスが悪い。
 あとは、細かいことだが、色々とあったらしい。それで、これは何か、おかしいぞと感づき始めたのだ。この編集者の方が妖怪博士よりもカンが鋭い。
 結局、編集者は妖怪博士の故障で、今日の取材は中止にしたいと依頼者に伝えた。
 相手は「ああ、そうですか」と答えたが、どこかほっとしたような声だった。
 後日、そういうことを聞いた妖怪博士は、今回の相手は、本物の妖怪だったのかしれないと、担当編集者に語っている。
 本物は調べさせないのだろうか。
 
   了

 


2021年11月30日

 

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