小説 川崎サイト

 

潜伏先


 篠原村から西へ少し上ったところに、船越村がある。方角的には北ではなく、坂の続く山沿いを上ったところだ。この村だけがぽつりとあり、その先は山の腹にぶつかり、道はあるが山を越えないと、もう里はない。
 船越村そのものが中腹に近いところにある。そこだけが台のようになっており、田畑もある。一番近いのが篠原村で、船越村の入口になっている。篠原村を含む西の郷には他にも村々があり、土地は肥えており、それなりに豊だ。
 この西の郷の東に城下があり、この辺り一帯の領主の居城。
 その城下から、侍が篠原村に現れた。役人ではない。
 篠原村は小さな村で、庄屋の家も小さい。侍は小柄な庄屋と話している。顔見知りではない。聞きたいことがあって来たらしい。
 西にある船越村についてだ。そこに岩下主膳という人物がいるはずだが、まだ、滞在しているのかと尋ねている。
 直接、船越村へ行けばいいのだが、通り道なので、立ち寄って消息を聞いたのだろう。
「お侍さんがいることは知っておりますが、さて、今はどうなのでしょう」
「船越を超えたのではないか」
 船越峠があり、船越村から山越えするときの道だ。これは他国に出ることになる。
「さあ」
「確かめる方法はないか」
「それなら、船越村に嫁いだお梅さんの実家が知っておるのではないかと思われますよ。始終帰って来ておりますので、船越の話もよくするようです」
 侍は、そのお梅さんの実家を教えてもらい、そこへ行った。
 屋根が傾いていそうな家だが、支え棒で何とかなっているのだろう。
 そこで岩下主膳の消息が分かった。村にいたが峠を越え他国へ向かったとか。
 城の侍は、それを聞き、確認するため、船越村へと向かう。
 岩崎主膳は同じ藩士だが、剣の使い手。そして乱心しているとの噂。訳あって船越村で身を隠しているらしい。それを城の侍が確かめに来たのだ。
 一人で行けば、もし乱心しておれば岩下主膳には敵わないので、その下見かもしれない。
 こういうことは一人ではできない。もう一人相棒がいる。一人で確認しても、信用して貰えないからだ。
 しかし、役目で見に行くのではなく、こっそり行って確かめたかっただけなので公用ではない。
 城の侍は船越村に入り、岩崎主膳が潜んでいる農家を聞く。廃屋に近いが、雨露は凌げる。船越の村人が世話をしていたようだ。
 教えられた農家は、見た目、それほど傷んでいない。低い石垣があり、庭もあるが、荒れていない。母屋の雨戸を開けると、すっと開いた。立て付けもまだ大丈夫なようだ。
「どなたかな」
 城の侍は、太刀に手を掛けた。岩崎主膳が出てきたのだ。船越峠を越えていなかったのだ。
「立ち去ったのではないのか」
「暇なので、他国へ出ただけ」
「乱心は?」
「していない」
「よかった。ではもう少し待たれよ。山崎さん一派が何とかしている最中。疑いは晴れるし、乱心の振りもしなくてもよくなるので。今はどうなんだ。本当に乱心したのではないか。少し心配だ」
「大丈夫だ。世話を掛ける」
「だから、大人しく、ここで隠れていてくれ」
「分かった。有り難い」
 岩下主膳は、その後、誤解が解けたが、城には戻らなかった。潜伏中の船越村が気に入り、そこで暮らすことにした。当然武士は辞めた。
 
   了


2021年12月1日

 

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