小説 川崎サイト

 

老婆心


 止め婆だが、余計なことを言う。留婆とも言う。親切で言っているのだが、それは取り越し苦労。この先へは行くなと言うのだが、別に何も起こらない。
 しかし、止め婆は、何もないから言うのではない。あるから言う。この先へ行っては危険だと。
 親切で言っているのだが、能書きが多い。かなり長い物語になり、それを聞かされるのだが、ほとんどの人は途中で聞くのを辞め、止め婆の言うことなど聞かず、行ってしまう。
 止めても無駄なのが分かっていても、この老婆、止めようとする。もしものことがあったとき、この老婆の忠告を聞いておれば、怖いことにはならなかっただろう。
 止める理由、それは、山道に出る。山へ入る入口だが、落ち武者が出る。既に戦国の世は終わっている。だから亡霊だろう。これが行く人を襲う。しかし、亡霊なので、ただの幻。
 だが、ボロボロの甲冑で、何本も矢が刺さり、血みどろの武者が現れるのだから、それだけでも怖い。ただの亡霊ではなく、襲ってくる。
 ただ、幻なので斬られたり、槍で突かれたりすることはないが、逃げるとき、慌てすぎて転んだりぶつかったり、足を滑らせたりして怪我をする。
 従って落ち武者と遭遇しても直接の危害は受けない。
 しかし、最近はもう出ないようで、この老婆の子供の頃、一度だけ出たらしい。まだ幼女だったが、その山道を見に行ったりした。そのときは出なかったが、その印象が強い。
 落ち武者達は落ちきれなかった。その山道の中程で力尽き、自害して果てた。数騎いたと言われている。
 当然、そこに石仏が立った。化けて出ないよう鎮魂のため。
 そういう長い話を老婆がやり始めるので、全部聞くのが面倒なので、さっさと山道に入って行く。
 止め婆なのに止められない。また、その山道を危険視している村人はこの老婆だけ。
 幼女の頃の記憶が強かったのだろう。未だにずっとそれを言い続けている。
 
   了

 



2021年12月7日

 

小説 川崎サイト