小説 川崎サイト

 

押しくら饅頭


「一段と寒くなりましたね」
「段ですか」
「一段二段と来ます」
「滑らかな変化ではないのですね」
「段差ありです」
「ああ、この先ねえ」
「しかし、段も下りきれば、上がりの段になります」
「まるで、階段ですねえ」
「季節の階段。これです」
「季節の坂道ではなく」
「坂ですが、段があります。階段付きです」
「拘りますねえ」
「段差ありますよを壇さん今晩はと言います」
「それは言わないですよ」
「そうですね。言い過ぎました」
「しかし、一段と寒くなってきたので、服装も一段上げないといけませんねえ」
「まだ、大丈夫です。二段ほど経過してから服装の段上げをしても間に合います。寒さの階段はまだ何段もありますから、それじゃ着ぶくれしてしまいます」
「ああ、なるほど」
「私は以前通勤電車に乗っていました。寒くなると着ぶくれラッシュでしてね。いつもの車両に入れない。乗る場所は決まっていましてね。乗る人も同じかもしれません。人数的にはね。しかし、ドアが開くと、入り込める隙間がなかったりします。まあ押し屋さんが押して詰め込んでくれるのですがね」
「ああ、ありましたねえ」
「一度宙に浮きました」
「乗客の上に乗ったのですか」
「いや、足が浮きました。着地していない。宙ぶらりんで、人と人とに挟まれて浮いているのです。少しだけ背が高くなりましたがね」
「ほう、それは大変だ」
「電車が走り出すと、痛くなってきます。早く下へ降りないと、足をつかないと、電車が曲がるときや、スピードを上げたり、ブレーキを掛けたりすると、きつく来ます」
「ほう、どうなりました」
「車体が揺れたときずり落ちました。衣服がまくれ上がったり、引っかかったりして、まだ痛い。それを狭いところで、何とか直しましたよ」
「それで、地に足が着いたのですね」
「ところが鞄が引っかかってまして、それが抜けない。まあ、その程度ならいいと思い、終点で降りました。ほとんどの客は終点までです。乗ってくる人はいるが、降りる人はいない。いてもドアまで寄れないでしょう」
「降りるのが大変そうですねえ」
「たまに降りる人がいましたがね、モグラのように人垣を掘ってね。まあ、ドア前の人は外へ出てくれたので、意外とその後は楽だったようです」
「私も経験があります。毎朝押しくら饅頭をやっているような状態でした」
「古い話です。今はどうだか知りませんがね」
「朝のラッシュ、旅行の時、偶然その時間に乗ったことがありますよ。数年前です。もう無理には押し込めないようでした」
「で、乗られましたか」
「荷物が大きいので、特急や急行でなく、すいている各駅停車の普通に乗りました。こちらも混んでいましたが、まだ、ましでしたよ」
「あの時間、やはり避けるべきですねえ」
「仰る通り」
 
   了


2021年12月18日

 

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