小説 川崎サイト

 

富田九条


 富田郷に富田九条がいる。土地では九条様と呼ばれている。さほど位は高くない公家で、都での暮らしが苦しいので、領地で住んでいる。
 しかし、この領地、朝廷内で少しだけ良い仕事をしたので、少しだけ与えられた領地。都からも遠く、行ったことはなかった。
 最初の頃は、そういう年貢の取り立てを請け負っている者に任せていた。しかし、最近は入ってこない。
 それが理由ではないが、田舎暮らしの方が気楽と思い、家族揃って引っ越した。富田九条の縁者は多くいたが、逃げ出したのは、九条に住む、この富田氏だけ。
 九条郷の数ヶ村がその領地だが、領主の館などはない。仕方なく、空いている百姓屋に住んだ。九条郷には三つの村があり、それぞれ庄屋のような代表者はいるが庄屋規模ではない。
 今は、このあたりを納めている豪族が支配している。年貢が入ってこないはずだ。
 村人達は富田九条を見るのは初めて、挨拶ができないほど位が違いすぎる。
「二箇所に年貢を納めるのはどうかなあ」
「半々にしましょうや」
「しかし、九条さん、何もしてくれませんよ」
 実際に支配しているのは豪族の八重垣氏。これも取って付けたような名。しかし、このあたりで揉め事があると、八重垣氏が出てきて解決してくれる。そのため、年貢を払っているようなもの。
「九条さんと八重垣さんととで話し合ってもらうのは如何でしょう」
 村人達の意見はそれで纏まる。
 百姓家に住む公家。そこを訪問する野武士に近い豪族の八重垣氏。
 九条さんは渋々対面した。家の造りが公家の家にしてはふさわしくなく、囲炉裏端となる。
 八重垣氏の家族が栗を煎っていた。
「わしがこのあたりの領主の八重垣じゃ」
「無礼者、頭が高い」
「ああ、これは失礼。田舎者故お許し下され」
 栗がパンと弾けた。
「ああ、焼き栗はそんな焼き方では駄目なんじゃ」
 八重垣氏は焼き方を九条氏の家族に教えた。
「年貢がどうのとかの話じゃがなあ」
「勝手に奪っては困る」
「しかし、わしが守らんと、他の連中が取りますぞ」
「既に取っておるではないか」
「盗みはしませぬ。では、わしを代官に任命して下され、そして、低くてもいいので、何か官位がもらえるように計らってくれぬか」
「それで、返してくれるのか」
「あなた様の暮らしぶりが立つ程度は」
 これが妥協策だったようで、話は纏まった。
 豪族の八重垣氏は名を改め富田姓を名乗った。一応は富田九条の家人になったのだが、実際に仕切っているのは、この豪族上がり。
 八重垣氏は羽振りが良く、公家の富田九条家族のため、御殿を建てた。
 それほど悪い話ではなかったようだ。
 
   了
 
 


2021年12月24日

 

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