小説 川崎サイト

 

食客


 田中家の食客、品川誠一郎は当然、浪人者。諸国を歩き回っているわけではなく、一定の範囲内をウロウロしている。日本中では広すぎるし、同じ家を再び訪れるにしても、時間が経ちすぎている。
 田中家の食客というよりも、居候だが、長くはいないが、似たようなもの。須崎城下に来たときは決まって田中家の世話になる。田中家はそういう客を多く受け入れている。
 それだけに羽振りが良い。武家だけではなく商人や僧侶も来る。そのため、色々な人が出入りしているため、逆に目立たない。
 つまり人の出入りが気にならないほど頻繁なため、見知らぬ人物が田中屋敷にいてもそんなものだろうと思われている。
 田中家は家老職に次ぐ家柄。だから家禄もそれなりにあるが、食客を受け入れるほどの財はないはず。食べるもの、これは結構、金がかかる。
 ある説では、そこに出入りしている人物との関係で、私財が増えているらしい。逆だ。減る一方なのに増えている。
 食客、居候、厄介者、それらは一銭も金を払わない。また、多くは銭を持っていなかったりする。本当に食べるものにも困り、田中家の世話になる。その後、出ていくのだが、そのとき、何かを頼まれるようだ。
 当然、剣客も論客も来る。食べるものには困っていない。田中氏はどんな論客でも受け入れる。そして話を聞く。否定も肯定もしない。また論客の誘いにも乗らない。逆に、帰り際、少しだけ頼み事をする。
 その頼み事はたとえば買いだし。使い走りのようなものだが、買い物を頼んだりする。これは分かりやすい。だから、表向き。
 食客の品川誠一郎もその口だが、買い物ではなく、別のもの。他国の誰某への伝言を言付かる。
 何をしているのかは想像できる。政治的なことではなく、金儲けの一環なのだ。
 家禄はさほど多くはないのだが、家老職に次ぐ身分。それほど苦しいわけではない。
 金貸しをする武家。商人にも貸す。逆だ。
 しかし、金銭的に余裕があるためか、金儲けだけの動きではなく、趣味性の高いことを食客に頼むことがある。品川誠一郎がそれだ。
 光学院という、妙な寺があり、ボロボロだが住職はいる。結構大きい寺。その本堂に妖怪がウジャウジャ集まってくるらしい。
 こういう噂を聞いた田中氏は品川誠一郎に確かめに行って欲しいと頼んだ。この時代、そう言うことがあるかもしれないと思っている人がそれなりにいたのだ。
 ただ、二人とも、それはないと思っている。妖怪がウジャウジャいる寺など。
 しかし、そんな雰囲気がする寺なのだろう。それで妖怪はいいから、その寺を見てきて欲しいらしい。
 ここからが品川誠一郎の妖怪退治談になるはずだが、そうはならない。
 品川誠一郎は何度か田中家の世話になっている。しかし、依頼が面倒なら、そのまま戻ってこなければいい。だが、食客としての待遇は田中家が良く、安定している。だから、それを捨てたくはない。
 ただ、路銀はかなりもらっている。用事のための金子。品川家は食べさせるが、銭は与えない。
 このまま、その路銀で、良い刀でも買い、格を付けてもいい。だが、それほどの金子ではない。それにやはり、妖怪寺が気になる。好奇心が強いのだろう。
 また他の家に厄介になるときにも土産話になる。どうせ行く当てはなく、適当にウロウロしているだけなので、行くことにした。
 妖怪の正体は分かった。寺に寄生している輩の溜まり場だったのだ。寺の食客ではない。そんな金は寺にはない。
 本堂で雑魚寝している。そして得体の分からない奴らで、まともなのはいない。
 これが妖怪の正体。
 品川誠一郎は、そのままのことを報告しようか、または妖怪は確かにいたと言おうかと、少し迷った。
 
   了
  


 


2022年1月1日

 

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