小説 川崎サイト

 

年の瀬噺


「暮れの押し迫った頃」
「また、その話ですか」
「年の瀬、この話が良い」
「クリスマスが終わり、そのあと一気に」
「それはこの前、聞きました」
「では、どのあたりがよい」
「もういいです」
「そういわず、聞きたまえ」
「じゃ、何でもいいです。除夜の鐘はその前、聞きましたので、それは避けて下さいね」
「いずれも去年やもっと遠い年の話。今年は除夜の鐘にはおよばん」
「行列ができていたんですね」
「寒いので、行かん」
「もっと寒い年もありましたよね」
「うんと昔はな。あの頃、私も血気盛ん、寒さも屁とせんかった」
「屁の使い方がおかしいようですが」
「余計なことを。まあいい。年々行動範囲が狭くなるもの。今年は近所の神社で済ませる。誰も参拝者などおらんかったりする。村時代の神社がまだ残っておるのでな。ここなら近いので寝間着で行ける」
「余計に寒いですよ。薄着ですよ。折角、近場で済ますのでしょ。寒いから遠くまで行くのが億劫なんでしょ」
「神参りに注文を出してはいかんのだがな。寝間着は言い過ぎじゃが、寝間着の上にゴツイ防寒着を羽織っておるので、その往復程度なら、問題はない。それに部屋の暖房が強いので、一寸風に当たりたい気分」
「うっかりしていましたが、神社です。除夜の鐘なんてないですよね」
「いや、その神社は見晴らしが良いので、除夜の鐘が聞こえてくる。風のある時は、もっとな。それを聞きに行く。これで、除夜の鐘と神詣でを同じ場所でできる」
「聞くだけでいいんですか」
「その聞こえてくるお寺は中には入れん。だから、行っても突かせてもらえん。その目的はゴンゴンと煩悩を払うため」
「煩悩ならボンボンと言った方が感じが出ますね」
「そうじゃな。一つ聞けば一つ落とす。まあ、五つぐらいでいいじゃろ。どんな煩悩か、思い出すネタがない。それで、全部の煩悩が落ちたとしても、一年分」
「それを今年、やるのですね」
「やらない」
「え、どうしてですか」
「話しただけ。年の瀬の話題としてな」
「じゃ、今年はどうされるのですか」
「決まっていない。神社や寺は効かんから、別のものを参ることを考えておる。もう寺社参りは飽きた。しかし元旦の寺は暇そうなので、良いのだがな。しかし主人公は神社。しかし、効かん」
「独自の信仰をやるよう感じですか」
「そうじゃな。神も仏も物怪も似たようなもの。イワシの頭でも良いが、あれは気持ちが悪い。実際にそんなものを信仰しておる人間などおらんだろう。たとえ話じゃな。だからイワシの頭信仰が意外と穴かもしれん」
「穴子は」
「穴子の頭か。あれは蛇に似ておるから嫌じゃ」
「蛇信仰はありますよ。元を正せば多くの神様は蛇が変化したものとか」
「蛇はいい。違うものを探す」
「屁をこいて寝ている方が良いじゃないですか」
「うむ、それをどう信仰に結びつけるかじゃ」
「屁とも思わぬ信仰」
「神仏をか」
「そう、そんなもの、何のそのとばかりに我が道を行くような」
「我道じゃな」
「そう言うんですか」
「言わない」
「あ、はい」
 
   了




 


2022年1月2日

 

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