小説 川崎サイト

 

龍の落とし子


 山奥の山村。そこに美しい衣服をまとった女人が迷い込んだ。逃げ込んだといってもいい。その衣服は汚れていた。
 村近くの谷で、女人は倒れていた。崖から足を滑らせたのだろう。源五郎という一人暮らしの里人が洗濯をしているとき、それを目撃している。当然、駆け寄って助け起こした。
 女人は崖の上を指差した。追っ手だ。このあたりでは見かけない騎馬。そして見たことのない鎧。太刀の鞘が赤いのも目に入った。騎馬武者は源五郎に気付き、すっと立ち去った。武者は三騎ほど。
 女人は胎んでおり、女子を産んで亡くなった。その寸前、身元を明かした。この子は龍の子だと。
 源五郎は蛇の子だと思った。蛇姫様かと。
 里人が寄り合い、相談し、お宮を建てた。この子の家だ。
 何故なら母親の衣装が巫女が着るようなもの。踊り女かもしれない。そして龍の子。村の知恵者が、その龍とは蛇ではなく、王だという。しかも大王。
 大きくなった龍の子は、それらしい振る舞いはなく、生まれたときから里人に育てられ、そして里人の子供達と遊んで暮らしていたので、特別な子ではなかった。しかし、村人達は一目置いた。
 村の中にあるお宮さんで育ったので、今では宮さんと呼ばれている。母親の姓は分からない。父親の名は分かっていても言えない。
 そのうち年頃になり、村人と結ばれた。その村人は、分家し、さらに龍の娘の宮家に婿として入ったことになる。
 それから何世代にもなり、もう里の人になっていた。だが、姓は宮を名乗った。この村で姓があるのは龍の娘の家系だけ。
 最初に女人を見付けた源五郎も、もうとっくに亡くなった。助けただけで、その後、龍の娘や宮家とは関わっていない。
 ただの巫女が逃げ込んだだけなら、それまでの話だが、源五郎が見た都風な騎馬武者三騎。それが効いている。
 本当に崖の上にそんな武者がいたのかどうかは今では分からない。源五郎の言だけなので。
 その宮家、姓としては紛らわしいが、村内だけの呼び名だ。その後も、特別な家として、別格。
 さらに年を重ねると、特別な存在ではなくなったのだが、あの女人の墓や、巫女衣装や、装身具などは家宝として残っている。
 
   了



2022年1月5日

 

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