小説 川崎サイト

 

妖怪長屋流し


 新春、妖怪博士はどうしているのだろう。あまり平日と変わらないのではないかと思いながら、担当編集者は博士宅を訪れた。
 これも始終来ているので、慣れた道筋。
 新年、明けてからしばらく立つので、周囲も平常に戻っている。といっても正月でも普段の風景とあまり変わらないのではないかと思えるほど。日の丸の旗の一つか二つひるがえっていた程度だろうか。
 しかし、玄関戸の上にミカンの付いた正月飾りがあり、これはまだ取り外していない。
 門松などは見当たらないが、ミニチュアの松とか竹がちょこんと置いてあったりする。このあたり、下町風で、大きな建物はなく、昔ながらの長屋が残っている。
 長屋はそこで終わり、行き止まりになるのかと思うと、そうではなく、左側に通路があり、そこに、もう一練長屋がある。そこが妖怪博士宅。火事の時、大変だろう。郵便のバイクは通れるが、宅配のトラックは無理。しかし、軽ワゴンなら入れる。
 最初の長屋の路地に入った編集者は前方にある左への通路がないことに気付く。そこからでも見えているのだが、それがない。筋を間違えたのではないかと、確認するが、こういう左右の長屋のある通りは、ここしか知らない。
 この近くにもあるのかもしれないが、それらしいものは見当たらない。ひっそりと隠されているわけではないが、建物で見えないところにあるのだろうか。
 一応確認のため、左の通路があるはずの場所まで行く。左右は長屋の玄関がひしめき合っている。前方は少し高い板塀。その向こうに庭木が見える。大きな屋敷。
 あるはずの隙間のような通路がない。やはり、筋を間違えたのだ。妖怪博士が住む長屋へ辿り着けないではないか。もしかして、そういう道隠しの妖怪が悪戯をしているのかもしれない。
 これが税理士の家を訪ねるのなら、そんな発想はない。妖怪博士だから、そう思えたりするが、彼も、そんなことを本気で考えているわけではない。後で、冗談で言う程度だ。その冗談で済むためには妖怪博士宅に行かないと言えない。
 やはり筋違い、道順を間違えて、違う通りに入ってしまったのだ。左右の長屋、見たような気がするが、そこまでは覚えていない。ここだと思えばここだし、違うと思えば違う。
 編集者はコートのポケットに手を突っ込んだ。温かい。缶コーヒーを入れているのだ。左右のポケットに。
 自販機。これを思い出した。そこまでは合っているのだ。それへ戻ることにした。
 自販機は存在していた。メーカー物の箱で、少し高い。
 自販機は四つ辻にある。ああ、ここで間違えたのだなと、やっと分かり、北ではなく、西側の道に入る。そこを少し行くと、長屋が見えてくるはず。その手前に駐輪場。
 そうなのだ。行くとき、駐輪場がなかったのだ。
 後はいつもの順路。長屋に挟まれた通路は先ほどの道と同じようなものだが、今度は確実に見覚えがある。
 そして、長屋の行き止まりのところにあるブロック塀。これが違う。先ほどは板塀だった。しかも高い。そして庭木。本当はブロック塀だったのだ。
 どうして板塀だと思ったのだろう。そんなもの、いちいち確認していなかったためだろうか。
 そして突き当たりだが、左側に通路がある。
 もう間違いようがないというより、ここしかない。
 その裏長屋の奥が妖怪博士宅。
 玄関戸をスーと横に走らせると簡単に開く。博士は鍵を掛けない。寝るときは掛けているらしいが。
 そして三和土で靴を脱ぎ、廊下に上がり、その奥にあるいつもの六畳の間へ入る。襖は開いたまま。開け閉めが面倒らしい。寒さよりも、面倒さが勝つようだ。
 妖怪博士はホームゴタツの中で亀状態だった。
 これまでの経緯を語ると、狸に騙されたんだろうとのこと。
 そんなはずはない。確かにここと似たような場所があってと、説明するが、今度は、それなら狐に騙されたんじゃろうとのこと。
 どちらも真っ当な答えになっていない。
 妖怪博士が、そんな冗談を言えるのは、本当に、ここと似たような場所があるのを知っているため。
 この話をヒントに、博士は妖怪長屋流しという話を作った。
 
   了

 

 


2022年1月12日

 

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