小説 川崎サイト

 

語る人聞く人


「さて、どこまで話しましたかな」
「先はもういいです」
「ほう、どうして」
「何度も聞きましたから」
「でも少し違いますよ」
「内容は同じなのでしょ」
「そうです。毎回変わるような話ではありません。ただ少しだけ違いますがね。これは解釈がちと違う」
「ちと」
「一寸です。私も語っているうちにちと感じ方が違うもので」
「でも、中身は同じなのでしょ」
「大きくは違いません」
「じゃ、もういいです」
「語り方も違いますよ。短い目と長い目、これは熱があるときは長い目、調子が悪いときは短い目」
「短い目でも意味は分かるのでしょ」
「はい、余談が入らないだけです」
「今日はどうなのですか」
「普通です」
「じゃ、前回と、前々回と同じですね」
「前々回は熱が入って長くなりました」
「気が付きませんでした」
「同じ話なので、今回、聞くのはやめますかな」
「はい、別の話なら聞きたいかも」
「それはまだ先。今の話を何度か聞いてもらってからでないと」
「もう二回も聞きましたので、充分、理解しました」
「より深く理解してもらいたいのです。それには何度も何度も聞くこと」
「そうですか」
「あなたの同輩などは七回聞いてもらいました」
「岩淵さんですか」
「そうです」
「いい役職に付かれたと聞きました」
「七回聞かれた成果です。二回聞かれただけではねえ」
「私も役職に就きたいです」
「じゃ、最低五回、聞いてもらいます」
「分かりました。覚悟しました」
「はい」
「今回で三回目。私の語りもそれなりに変化していくでしょう。その微妙なところが分かるようになれば、大したものです。特に最近は息遣いに気を遣っています。そこが聞き所。いいですね」
「はい、始めて下さい」
「いい話を何度も聞け、いい役職に就ける。これほどいい話はないでしょ。でも我慢が必要ですが」
「喋り出して下さい。どうぞ」
「整えます。息を」
「はい、どうぞ」
「そんな掛け声は必要ではありません。私自身が掛けますから。あなたは聞いているだけでよろしい。また合いの手も必要ではありません」
「じゃ、始めます」
「ん」
 
   了

 


2022年1月13日

 

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